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柳ケ瀬キャバレー「ムーランルージュ」 令和の再出発

朝から集えるカラオケ喫茶に

風車をイメージした赤い看板が目印=いずれも岐阜市柳ケ瀬通で
風車をイメージした赤い看板が目印=いずれも岐阜市柳ケ瀬通で

 昭和のヒット曲「柳ケ瀬ブルース」で知られる岐阜市の歓楽街・柳ケ瀬で、唯一残っていたキャバレー「ムーランルージュ」が今年10月、カラオケ喫茶として再出発した。半世紀の歴史を刻んできた夜の社交場が、朝から集える地域の交流拠点となり、年配客らの人気を集めている。 (下條大樹)

 午前9時。赤い風車の看板が光る店の中で、女性客が静かにコーヒーを飲んでいた。モーニングサービスはトースト、サラダ、ゆで卵付きで320円。テーブルの端には新たに「席についての接客はお断りさせて頂きます」という注意書きが張られた。

 「歴史ある店の名前を残したかった」。運営会社「岐阜観光」社長の大野邦博さん(71)が言う。「赤い風車」を意味するパリの有名店にあやかったムーランルージュは、1960年ごろナイトクラブとして開店した。60年代後半、キャバレーに衣替えした。

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 当時柳ケ瀬には約10店のキャバレーが軒を連ねた。岐阜観光はモンテカルロ、ニュー森永など計7店のキャバレーを展開した。ムーランルージュは100人のホステスを雇い、ステージに専属歌手が上った。キャッチフレーズは「紳士の社交場」。大野さんは「明瞭会計、低料金がモットー。お色気系はやりませんでした」と振り返る。

 バブル崩壊後、岐阜の繊維産業のかげりとともに柳ケ瀬のキャバレーは斜陽に。2012年の岐阜国体の開催がとどめを刺した。風俗店の取り締まりが強化され、岐阜唯一の看板を守ってきたムーランルージュだったが、ホステスも高齢化し、今年9月末に区切りをつけた。

カラオケ喫茶になった「ムーランルージュ」。ゴージャスな内装はキャバレー時代のままだ
カラオケ喫茶になった「ムーランルージュ」。ゴージャスな内装はキャバレー時代のままだ

 新店では午後からはカラオケも。岐阜市中心街で、昼間に営業するカラオケスナック「昼カラ」が増え、高齢客に人気が出ている点に着想した。赤じゅうたんやミラーボールなど、昭和ムードたっぷりの空間も生かせる。

 20代の頃からの常連の男性(83)は「テレビもない時代、男は一生懸命働き、稼ぎ、飲んでお姉さんとダンスするのが娯楽だった」と懐かしむ。「これからは思い出の詰まった店で歌を楽しみたい」

 岐阜県大垣市の会社員男性(44)はカラオケ喫茶になり、初めて来店した。「新鮮だけど懐かしい」と居心地よさそうだ。再出発にあたり、店長に就任した岐阜観光副社長の若原幸安さん(45)は「老若男女が気軽に集まれる店にしたい」と抱負を語った。

(2019年12月29日)

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