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神野三枝の今日も絶好調!
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第35回 「氷川きよし」はロックンローラーだ!

9月6日。その日私は午前中にラジオの生放送を終えると、足早に新幹線に乗り大阪に向かいました。
「氷川きよし デビュー20周年記念コンサート~あなたがいるから~in大阪城ホール」に行くためです。大阪駅から環状線に乗り4駅で大阪城公園駅です。駅に降り立ち時計を見ると、まだコンサートの開演時間までに1時間以上もありました。ならば、と2駅先の鶴橋で腹拵えでもしようと再び電車に乗った私。向かい合わせた席に座ったのは老紳士。手には「氷川きよしデビュー20周年」のチラシを持っていました。

思わず、「氷川さんのコンサートをご覧になって来られたのですか?」と声をかけると、老紳士は通路を挟んだ向こう側の席に座っている老婦人に目線を送りながら「はい。家内が氷川さんの大ファンでしてね。それで以前一度コンサートに連れて行かれたのですが、それ以来私もすっかり氷川さんのファンになってしまいましてね。今では夫婦で追っかけしていますよ。」奥さんを見ると今さっきまで観てきたコンサートの余韻が冷めやらぬといった幸せそうなお顔。

私が氷川さんに初めてお会いしたのは今から20年前。デビュー間もない頃、屋外で行われた東海ラジオの公開イベントにゲストでお越しいただいた時でした。小豆色のようなスーツを着たおかっぱ風のヘアースタイルの氷川さんは出番前に、一人ポツンとステージの隅に直立不動で立っていました。ステージといっても名古屋のセントラルパーク公園に元々ある段差を利用したようなオープンスペースですので、氷川さんが出番を待っている姿は周囲から見えます。しかし誰もガードをしないし、話しかけもしない。本人にしてみれば自分が透明人間にでもなったような空しさがあったと思います。新人歌手の扱いとはどこでもそのようなものでしょうが、その時は妙に切なさが込み上げてきました。その姿は私にはとても心細そうにも映り、しかし奥歯を食い縛る強さのようなものも不思議と感じました。あの時の自分の感情をはっきりと覚えています。「神様、どうかこの人が絶対に売れますように。そしてここにいる人たちを見返すことができますように。」

老紳士の言葉を聞きながら、20年前のこの出来事を思い出していました。
「あの、確か午前の部は11時半からでしたよね?今3時過ぎですが、ずいぶん遅いですよね。コンサートグッズとかを買っていらしたのですか?」すると老紳士は「いえいえ、今終わったばかりですよ。」と言うのです。「えっ?開演から3時間半ですよ!」すると老紳士は「そうです。コンサートが3時間半あったのです。」嘘でしょ?すると老紳士は沁沁といった様子で言いました。

「日本にあんな歌手は他にいない。氷川きよしは凄いよ。」

鶴橋に着き、老夫婦に挨拶をして電車を降りた私。女性に人気があるのはわかっているけれど、戦後日本の復興に尽力してきた老紳士を虜にできる氷川きよしとは何者?

再び私が大阪城公園駅に降り立った時にはすでに4時半からの部の開場が始まっていました。

ロビーには著名人からの花がズラリと飾られ、満席の会場にペンライトの光が美しく波のように煌めいていました。万感胸に迫る思い。それぞれの人の心の中にそれぞれの氷川きよしが存在しています。そして客電が落ち、一瞬静寂と緊張に包まれた大阪城ホール。次の瞬間、龍の変化身で現れた氷川きよしに開場がどよめきました。雷に打たれたような衝撃から始まったコンサートはおそらく氷川きよしの魂と頭の中にある構想の全てを形にしたものであり、観る者にとっては還相(浄土に往生した者が、他者を救済するためにこの世に戻ってくること)に近い感覚を感じたのではないでしょうか。演歌、歌謡曲、ポップス、ロックの全45曲を歌いきった3時間半。驚くのは全て本人のオリジナル楽曲であるということです。女性アイドルが商売上の戦略で演歌に転向することは多いけれど、演歌歌手が演歌、歌謡曲の枠を超えてロックまで持ち歌にするのは聞いたことがありませんし、氷川きよしが唯一無二の存在であることは間違いありません。コンサートのMCでは幼少期の辛かった思い出や、歌手を辞めたいと思った苦しい胸の内までさらけ出し、観客が息を飲む場面もありました。

よくロック魂という言葉を耳にしますが、ロックという言葉には音楽ジャンルとしてだけではなく、直訳は「岩」で、その硬い様から「揺るがない強い意志」という精神論的な意味があります。ロックンロールとは岩が転がるということですが、岩ですのでゴツゴツとしていて簡単には転がりません。しかしそれでも前に転がろうとするということは、つまりはどんな困難にさえも心を折らず前に進んでいく強い魂、それがロックンロール。アーティスト氷川きよしはロックンローラーなのです。

氷川きよしを知る上でもう一つ重要なものは駿才が生み出すファッションです。幼い頃から美しさの持つエネルギーを存知しており、衣装のデザインには妥協を許さないこだわりがあるといいます。衣装デザインは全て本人の発想をもとに形にしているそうです。その本人の頭の中にあるイマージュを見事に形にするのが長年タッグを組んでいる凄腕スタイリストの女性。ある時、彼女と話していた時に彼女が言った一言があまりにも強烈すぎて忘れられません。「氷川さんの衣装デザインでこだわっているのは何ですか?」と問いかけた私。すると彼女は間髪入れず即答しました。「手を抜かないことです。一度も手を抜いたことはありません。」つまり専属スタイリストとして命を掛けているのは、アーティストの魂に寄り添い際限のデザインを限界まで妥協しないという魂論なのです。

もう一人欠かせないのが本人の生き様を誰より側で見てきた司会の西寄ひがし氏。コンサート終了後に話を聞くと、「このコンサートのために何日もかけてイメージトレーニングしてきたのですが、実際に本番で話した言葉は用意してきた言葉とは全く違った言葉でした。」それは入念に準備してきたプロの喋り手さえも想像を絶する程のコンサートであったというアーティストに対する敬意であり、一流同士の魂のぶつかり合いが見て取れる言葉です。チーム氷川が最強のプロ集団であることにも感服するところです。

コンサートを終え、多くの観客が錯覚に陥ったことでしょう。まるで5人も6人も入れ替わり立ち替わりジャンルの違うアーティストが出てきたフェスを観に来たのではないかと。この世界観を一人で創り出した氷川きよし。もはや氷川きよしにカテゴライズはナンセンスなのでしょう。

ステージで本人が言った言葉が痛く胸に突き刺さりました。
「他人にどう思われるかではなく、自分がどう生きるかです。」

帰りの新幹線、老紳士が言った「日本にあんな歌手は他にいない。氷川きよしは凄いよ・・・。」という言葉が耳から離れず、20年前、奥歯を食い縛る青年の力強い目はここに繋がっていたのかと、一人ほくそ笑み、大阪を後にしたのでした。戦後日本の復興に力を尽くした世代の老紳士の目に、氷川きよしの歌が嘘偽りなく魂を削りながら生み出しているものだと伝わったのでしょう。

大阪城ホールに立つアーティスト氷川きよしは、逡巡の時は過ぎ、静かに断行の時代が始まったように見えました。

人が自分らしく生きるには時間がかかるものです。
その時間は、人によっては試練を乗り越えるための時間であり、人によっては修行の時間であったり、はたまた人によっては時代が自分についてくるのを待つ時間であったり・・・。自分らしく生きるには時期を狙うことも大切なことです。氷川きよしというアーティストが教えてくれるのは、生き方であり、歌はその魂を伝える手段なのかもしれません。

アーティスト氷川きよしは特別な使命を持ってこの世に生まれてきた人であり、氷川きよしの歌はこの世をリードしていくロックンロールなのです。

気負わず、焦らず、穏やかに。
さあ、今日も元気を出して、絶好調で!

(2019年09月16日)

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