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神野三枝の今日も絶好調!
神野三枝の今日も絶好調!

第24回 生まれた年を知ったばかりに。

20代の頃は次の日の体調など心配することもなく夜遊びをし、30代には羽目を外し過ぎて翌日の仕事に支障をきたしかねない失敗をして責任を自覚し始め、40代では自分の背負う責任が実は重責であることを知り、羽目を外していた20代の頃の無知と有り余る体力が恐ろしくも思え、そして今50代に入ると責任なんてカッコイイ事を言っている余裕もなく、ただただ身体がエライ。(身体的に辛い、という意味の名古屋弁)

最近では夜、無駄に出歩くこともなく、社交辞令的な集まりには参加せず、体力の温存と、ジムと病院通いで健康管理に精を出している毎日です。自分一種類の人生では知ることのできる学びは限られているので、もっぱら映画を見ては違うパターンの人生を疑似体験しています。

最近観た映画「運び屋」というアメリカ映画。巨匠クリント・イーストウッド氏が麻薬カルテルの運び屋である90歳の老人を演じ監督を務めた作品です。現在88歳のクリント・イーストウッド氏が演じる主人公アールは背骨の曲がり方も足の運びの不自由さもセリフまわしの口の動きも、名優だから演じられた老人ではなく、実年齢である俳優が演じているからこその臨場感がストーリーをよりリアルにしていました。

このストーリーは実話であり、87歳の老人が一人で大量のコカインを運んでいたという報道記事を元に作られた作品です。仕事一筋の人生で家族をないがしろにし、家庭を顧みなかった主人公アールが、仕事という生き甲斐を失った時、戻る家庭もなく居場所がなくなり、選んだ道がひょんなことから手に入れた運び屋という仕事。報酬で得た大金で孫娘や知人の力になれる自分に、周りから自分が必要とされたい欲求が満たされることに生き甲斐を味わい、運び屋から抜け出せなくなっていってしまう・・・。麻薬捜査官に捕まるまでの行動力はとても90歳の老人とは思えませんが、最後に組織のルールを犯してまでも寄り添いたかったものが彼を破滅へと導いてしまうのです。それは他でもない何十年とないがしろにしてきた妻の死。自分の人生でないがしろにしてきたものは実は人生で一番愛おしいもので、許してもらえるという甘えがあるから自分を優先した人生を生きてきてしまった男。

この映画は人生にとって「何が大切か?」を考えさせてくれる作品です。これを見て、やっぱり一番は家族を大切にすべき!と感じた人もいるでしょうし、自分優先の夫の生き方を今際の際まで包もうとする妻の深い母性を感じた人もいるでしょうし、自由に生き抜いた男の命の使い方とロマンを感じた人もいるでしょう。

エンディングロールで流れた曲の和訳歌詞を見て私はこう理解しました。
「老後が忍び寄ってきても追い払え、私たちは生まれた歳を覚えてしまっているから今自分が何歳であるかを知っている。自分の歳を知らなかったら老後が来ても自分には関係ないと思えるのではないだろうか?」

冒頭の文章に戻りますが、私たちはどこか自分の年齢を自覚して、いくつになったのだからこうしないといけない!と自分を制する訓練をしませんか? もうこの歳だから羽目を外してはいけない、もうこの歳だから明日のことを考えないといけない、もうこの歳だからお金を貯めないといけない、もうこの歳だから、この歳だから・・・。こうして型にはめた生き方ができるのは自分の歳を自覚しているからです。悪いことではありませんし、むしろ賢い生き方です。でも自覚しすぎてコンパクトな生き方をしているのも事実かもしれません。

歳をとったらこうあるべきだ!という固定概念が自分を老けさせているとも感じませんか?
今、自分がいくつなのか知らなければ、もっと自分はアクティブに生きようとしているかもしれません。
「歳だから、歳だから・・・。」の発想が自分を「老い」に追い込んでいるのです。

2003年に宝島社が全国紙に出した見開きカラー広告が、いつも私の頭から離れません。
美しい宮殿のソファーに身を預けた真っ赤なドレスの美輪明宏さん。
「生年月日を捨てましょう。」

気負わず、焦らず、穏やかに。
さあ、今日も元気を出して、絶好調で!

(2019年04月01日)

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