第21回 『レモンスカッシュ』
2009年12月 7日 10:00 | コメント(17)

生きていくのに最低限の身の回りの物だけを残し、あとの家財道具はすべて処分しました。
商売の残務整理も、やり終えました。
あとは、引越しの日を迎えるばかりになりました。
それは、親友に、私がこの街から出て行くことを、告げる事でした。
私は、この時点まで、自分の家の事情を、一切、誰にも話していませんでした。
幸い、高校は卒業しており、区切りの良い時期だったので、我が家の事は、学校に報告する必要もなく、もう春休みに入っており、友人に会う事もなかったので、私がこんな状況である事は、誰にも知られていなかったのです。
いや、知られたくない、と言った方が、正しい表現かも知れません。
「私は、人生を変える」
そう思っていましたので、家財道具同様、交友関係も断ち切って、すべてゼロからの新しい生活を始める覚悟でいました。
すると母が言いました。
「私たちは、過去を捨てて、生まれ変わるの。
だけど、あなたにとって、生涯の友として、何があっても一生付き合っていきたいと思うお友達だけには、きちんと事情を話して、別れを言っていらっしゃい。
永遠の別れではなく、生活が落ち着くまでの、少しのお別れ。
これまでの感謝と、この先もお付き合いさせて欲しい気持ちを伝えていらっしゃい。
あとの人なんかは、どうでもいいの。何も言う必要はないわ。
人は、新しい自分を始めるためには、断ち切らなければいけない関係もあるの。
要は、あなたが、何を捨てて、何を大事に残すか。
それは、あなたの考え方で良いの。あなたの人生なんだから...。
自分自身と向き合って、よ~く考えてみなさい」
生涯の友。。。
私の頭には、すぐに3人の親友の顔が浮かびました。
というか、3人の事は引越しを決めてから、ずっと気がかりでしかたなかったのが本当のところです。
仲が良いからこそ、格好の悪い自分は見せたくない。軽蔑されたらどうしよう。
そんな気持ちが先走り、自分の事情を告白する勇気よりも、怖さの方が勝って(まさって)いたのです。
母は言いました。
「それで、離れてしまう友人なら、それまでよ。
これは、あなたにとって、1つの試練だと受け止めなさい。
あなたが、そのお友達とこれまでどんな関係だったのか?あなたのしてきた事が、そっくりそのまま答えとなって、返ってくるから。
このまま何も告げずに別れたら、あなたはひょっとして、友人というかけがえのない財産を、自ら手放すことにもなりかねないわよ。
当たって砕けろって言うでしょ。あなたは、砕けるしか結果の見えない友人関係をしてきたと思っているの?
少なくとも、この先の事はその時の結果として、これまでの感謝は伝えてきなさい。
それが、人の道ってものです」
3人は高校の同級生で、私も含めて、仲良し4人組でした。
4人はいつも一緒でした。
生まれて初めてコンサートに行ったのも、生まれて初めて子供だけで旅行へ行ったのも、生まれて初めてを、4人で一杯しました。
一人がいじめに合うと3人が盾になって守り、不良にも立ち向かったこともあります。(笑い)
一緒に、大人への階段を登ってきた、親友です。
その中の一人は、以前ご紹介した、私が父の自殺を見張るために、夏休みの宿題が1ページもできなかった時、理由も聞かずに答えを全部教えてくれた『ようちゃん』です。
ようちゃんは、後に、この出来事のすべてを私が告白するまで、一切誰にも口外せず、一切私に何も聞かずにいてくれた恩人です。私にとって人生最初の恩人です。
あとの2人も、ようちゃん同様、大事な大親友です。
失いたくない...。
私は公衆電話から3人に電話をかけました。
「大事な話があるんだけど、集まってもらえないかな...」
今でも、その時の光景を、鮮明に覚えています。
喫茶シャルダン。
私はガラス越しの、陽の当たる明るい席を選びました。
暗い話をするのに、暗い場所では空気が重くて、切り出せないと思ったからです。
4人は、レモンスカッシュを注文しました。
「卒業してから何してた~?」など世間話はありませんでした。
私が呼び出した時点で、3人はそれぞれに何かを感じていてくれていたのか、私に対してこれまでにない緊張を持って、真剣に向き合ってくれました。
その姿勢が、私に話しやすい空気を作ってくれました。
私は運ばれてきたレモンスカッシュをストローで吸い上げると、ゴクリと喉を鳴らして、覚悟を決めました。
「実は、、、うち、、商売を畳む事になったの...」
すると、ビックリした3人も、ゴクリと喉を鳴らしてレモンスカッシュを飲み込みました。
「えっ?」
その様子は、今聞かされた、信じがたい話を、無理矢理、呑み込むように見えました。
それから私は、私が生まれる前の父と母の結婚の話から、今日までの全部の話をしました。長い長い時間でした。
3人は、その間、一言も私の話に口を挟まず、真剣に聞いてくれました。
そして、すべてを話し終えると、一人がボソっと言いました。
「実は、、、うちも、お父さんとお母さんが仲が悪くて、ずっと前から、離婚をするって言ってるの...」
すると、もう一人が、
「うちは、おばあさんとお母さんの仲が悪くて、いつもお母さんが泣いていて、辛い...」
すると、もう一人も、
「実はうちも、、、お金に困っていて、その事で親はいつも喧嘩してるの。辛い...」
4人は、
「な~んだ。みんな言わないだけで、それぞれの家庭でいろいろあるんだね」と、涙をこぼして、笑い合いました。
それは、可笑しくて笑うのとは違う、自分だけじゃないんだ、というホッとした気持ちからこぼれた笑いでした。
大人の事情で子供たちは、多かれ少なかれ小さな胸を痛めて、皆、生きているのです。
でも、家族だから、受け止めるより仕方ないのです。
あの時、3人が、私を軽蔑したり、離れて行ってしまっていたら、私は、新しい生き方に"辛い"を背負って(しょって)歩き始めなければいけなかったでしょう...。
でも、あの、笑いあった温もりの涙は、その後の私に、前向きに生きる勇気を与えてくれました。
シャルダンでの出来事は、私の人生で、忘れられない貴重な分岐点になりました。
ありがとう...。
私は、親友たちに心を支えられて、この街を出て行く事になりました。
「お互い、元気でね!
何があっても、私たちは変わらないから!
みんな落ち着いたら、また会おうね!」
人間、生まれ変わるためには、捨てなきゃいけない覚悟を持たなくてはなりません。何を捨てて、何を拾うか。それは、自分の考え方次第です。
勇気には、2種類あります。
守りたいものの為に、何かを手放す勇気と、守り続けたいものに必死になる勇気。
私は、3人の親友との関係を守り続けたい為に、後者の勇気を出しました。
今回の事で学んだ事は...、
『いらないものは、いらない。
いるものは、いる。
いるものでも、無くなる時もある。
でも一番つまらないのは、どうでもいい、という意志薄弱』
3人に会うまでの不安が嘘のように、帰りは晴れやかな気分でした。
まだ風が少し冷たい3月、頬をすり抜ける風が、心地良く感じられた事を覚えています。
私は、胸を張って、歩き始めました。
さあ、いよいよ、引越しです!
高校の同級生のようちゃん 2009年12月 7日 11:09
愛くるしい笑顔とユーモアあふれるキャラクターで、先生や同級生、後輩等、誰からも愛されていた三枝ちゃん!私の方こそ、数々の人生の危機を三枝ちゃんに助けてもらい、三枝ちゃんのおかげで、今日の自分があると言っても過言ではありません。想像を絶する環境にありながら、それを自分の中に秘めて、周りの人を幸せにしてくれた三枝ちゃん!そんな素晴らしい三枝ちゃんを育てられたお母様にも感謝しています。本当にありがとうございます。