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神野三枝の「誰ともかぶらない大人のおもてなし」
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第8回 『大矢蒲鉾商店の蒲鉾と新上』

 この味に出会った時、「戦争を知らない子供たち」の歌を思い出しました。知らなければ、知らないまま過ぎて行く人生~という意味で、です。自分がこれまで普通にこういう味のものだと疑いもせず食べてきたものが、実は本当は違っていたと知った時、私は驚愕し、知らずに生き続けたかもしれない自分の人生を思い、胸を撫でおろしたのです。  その味とは、名古屋市熱田区で153年の歴史を持つ、大矢蒲鉾商店の蒲鉾です。
店舗の外観
 江戸時代、東海道唯一の海上路である七里の渡しの宮宿(熱田区)には魚市場が栄えていました。冷凍保存ができる時代ではないので、魚を腐らせない手法として編み出されたのが蒲鉾です。白身の魚は高価であったため、蒲鉾も大変貴重なもので、熱田神宮のお供えや献上品であり、一般庶民の口にはほど遠い品でした。本能寺での信長の最後の晩餐にも供されたと言われています。  現在では冷凍技術や機械化が進み、食品メーカーが大量生産を可能にしたことで、お値打ちな価格で食卓に上るようになりましたが、元々蒲鉾は料理の脇役ではなく、主役的存在の食べ物だったのです。中でも全国的に珍しいのは、名古屋の蒲鉾はピンクではなく朱(あか)色をしているという点です。これは朱色を好んだ織田信長の発案だとされています。
毎日ピカピカに磨かれる歴史を繋いできた道具
毎日ピカピカに磨かれる歴史を繋いできた道具
 手間と暇を機械に任せ、材料のコストダウンを図れば安いものを作ることは可能です。しかしその味は?といえば、旨味とはかけはなれたものになってしまうのは当然のこと。その味を「蒲鉾」と教わって育った我々。しかし、白身魚の味と香りがギュッと凝縮した貴重な蒲鉾が今尚存在するのです。その歴史と伝統を守り続けているのが大矢蒲鉾商店です。  現在の店主は6代目 大矢晃敬(あきのり)さん37歳。熱田みや宿会の歴史未来文化委員長も務める人物です。
 
6代目店主 晃敬さん亜希子さんご夫妻と7代目蓮(れん)くん
6代目店主 晃敬さん亜希子さんご夫妻と7代目蓮(れん)くん
 中学2年の時、祖父である4代目 常一(つねいち)氏の蒲鉾を作る姿に憧れ、この伝統的食文化をこのまま終わらせてはいけないと、愛知県立三谷水産高等学校へ進み食品科学を学び、北海道酪農学園大学で肉製造の研究に勤しみ、卒業後は料理店で実践的な経営学を学び、満を持して家業を継いだのでした。
 
(左)5代目 大矢憲一さん(右)蒲鉾を揚げる母 圭子さん
(左)5代目 大矢憲一さん(右)蒲鉾を揚げる母 圭子さん
 現在は父である5代目 憲一(けんいち)さんと伝統ある大矢蒲鉾の味と暖簾を守るため、毎日夜中の2時半から仕事がスタートする毎日。  昔ながらの製法で、材料にも作業工程にも手を抜くことのないその味は、食されたら、口に広がる魚の味と弾力の感動を、必ず味わうことでしょう。
 
88歳の祖母浪枝さんが毎日手作りでこさえるふわふわ「新上」は名物です
88歳の祖母浪枝さんが毎日手作りでこさえるふわふわ「新上」は名物です
 最後に5代目と6代目にそれぞれ別の場所で同じ質問をしました。すると面白いことに、お二人ともから同じ答えが返ってきました。  ―おもてなしとは何ですか?  「当たり前のことを当たり前にすることが一番難しいのです。 生真面目に商品を当たり前に作り続け、お客様に期待以上を提供することです。」
 あなたは先様にお贈りするお品を、メーカー名で選ばれますか?それとも味で選ばれますか?私は先様に思わず唸っていただける感動をお贈りしたいと考えます・・・。
 

(2015年07月20日)

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