神野三枝 タレント
~お知らせ~ 「何度も何度も読みました。そして胸が苦しくなり、涙が止まりませんでした」「私にとって人生の教科書」・・・08年3月から3年にわたり連載、多くの反響を呼んだ神野三枝さんのコラム『礼状』に、新たに書き下ろしの文章を加えた自叙伝『母への礼状』が発売されました。 お問い合わせは風媒社(052-331-0008)まで。 http://www.fubaisha.com/

第32回『あり得ない~』

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 母の再婚を、一番喜んだのは、私です。
 母の再婚を、一番安心したのは、祖父母です。
 母の再婚に、一番協力してくれたのは、母の兄弟である叔父と叔母でした。
 母が再婚する事になって、まず考えなくてはいけない問題は、これまで私たちと同居していた祖父母の今後の生活をどうするか?でした。

 神野の父は、一緒に同居をしてもかまわないと言ってくれましたが、それでは申し訳ないと、叔母のよっちゃんが「自分が引き取る」と言い出したのです。

 よっちゃんは嫁いだ身、しかも嫁ぎ先にもお姑さんがいて、そんな事出来る筈がありません。
 ところが、よっちゃんの家には敷地内に、よっちゃん夫婦が新婚時代に住んでいた小さな家があったのです。
 そこはもう誰も住んでおらず、空家になっていました。
 よっちゃんは、少しリフォームすれば充分住めると言うのです。
 朝昼晩の食事は母屋でよっちゃん家族と一緒に済ませればいいし、お風呂も母屋のお風呂に入れば済む。
 お姑さんも、同じ年代の祖母が近くに来てくれればイイ話し相手になるだろうし、必要な生活費をよっちゃんに入れてくれれば、よっちゃんも家計が助かるからと提案してくれたのです。
 母は妹に迷惑は掛けられないと断りましたが、叔父たちの賛成の後押しもあり、話は有難い事に、周りの理解と協力を得て、上手くまとまる運びとなりました。

 そして結婚式まで神野の父は、休みごとに母や私、祖母をいろんなところに連れて行ってくれました。
 自然が好きで、山の景色を見るのが趣味の人でしたので、駒ケ岳、槍ヶ岳、木曽御嵩山、笠岳、蓼科山、乗鞍岳、八方尾根、白馬岳、穂高岳・・・。
 信州の山並みを、毎週見せに連れ出してくれました。
 母にとっても、私にとっても、こんな休日の過ごし方は、これまでの人生で経験した事が無く、これまでの生活と180度違う「幸せの種類」を味わわせてもらいました。

 「あれが槍ヶ岳と言うんだよ。名前の如く、天に槍をつく形が見えるでしょ?だから槍ヶ岳。日本百名山の1つなんだよ」

 私も母も、アウトドアとは全く無縁の人生でしたので、見る物、聞く物、全てが初めてで、世の中はこうやって人生を楽しんでいる人たちもいるのか・・・と新鮮な発見でした。
 そして、自分たちの生活が、いかに気ぜわしく、楽しみの少ないものだったのかを知ったのです。

 そして神野の父は、温泉も大好きな人で、よく安曇(あずみの)の白骨温泉に連れて行ってくれました。

 「お湯に白いカスのような物が浮いているけど、あれは湯の花と言って、お湯の成分が沈殿した物だから、汚い物じゃないんだよ。ゆっくり浸かって、体の疲れを取ると健康になれるからね」

 鄙(ひな)びた温泉宿でした。これまで、旅行と言ったら子供の頃、会社の慰安旅行に連れて行ってもらった経験しかない私は、こんなにのんびりと時間を使っていい事にすら感動でした。
 とは言っても、神野の父は贅沢をする人ではなく、行楽に行っても、おにぎりを作ってきてくれ、お茶も水筒に用意してきてくれる人でした。
 素朴すぎて、私たちには別の世界の人に思えたものです。

 これが、普通の幸せというものなのだろ・・・。

 ただこの時、私の心にも、母の心にも、同じ事が感じられました。
 それは神野の父が、この楽しみをこれまで長年にわたり、一人で味わってきた寂しさです。
 山を見るのも一人、温泉に入るのも一人。
 それは、どんなに寂しい人生だった事でしょう・・・。
 私たちが、この新鮮な幸せを味わわせてもらったのと同じように、神野の父にも、家族という新鮮な幸せを味わわせてあげたい・・・。この人を大事にしてあげよう・・・。そう心に誓いました。

 私は、父の事を「お父さん」とは呼べませんでした。出会って間もない事、照れくさい事、「お父さん」と呼ぶにはどこか違和感がありました。
 ですから私は、「神(じん)ちゃん」と呼んでいました。
 心のどこかに、自分の父親は、生んでくれた岡崎の父だという思いもあったかも知れません。
 しかし、神ちゃんは、私に生みの父親とはまた違う幸せをくれました。
 ですから私は、どちらが"本当の父親"というような区別を付けてはいけないと思いました。
 生みの父が本当の父親だとすると、片方はニセの父親になってしまうからです。
 父親に、ホンモノもニセモノもありません。
 共にお世話になり、それぞれに愛情を貰った訳ですから、私にとっては同じレベルの、共に大事な父親です。

 結婚式の日取りが具体的に決まると、神野の父は我が家に結納のお品を納めに来てくれました。
 長熨斗(ながのし)目録(もくろく)金包包(きんぽうづつみ)勝男節(かつおぶし)寿留女(するめ)子生婦(こんぶ)友白髪(ともしらが)末広(すえひろ)家内喜多留(やなぎだる)・・・。
 それぞれに大事な意味があるのでしょうが、私にはその謂(いわ)れは分かりません。でも、祖父母に対して、神野の父がとても誠実に、母を迎え入れる気持ちでいてくれる事が伝わってきました。感謝の思いと、これで母がやっと幸せになれるという嬉しい気持ちが交錯しました。

 そして新居について、神野の父はこう提案してくれました。

 「お互いこれまで苦労を背負って生きてきました。これからの新しい生活は、これまでの環境を一新して、新たな人生を踏み出しましょう。そのために、僕は自分の家を処分します。そして、新たな別の場所で、新しい僕らの家を建てましょう。そこが僕らの第二の人生の場所です。どうですか?」

 どうですかも、こうですかも、こんな夢のような話、有難くて申し訳なくて、なんと答えたら良いのでしょう・・・。

 新居の場所は、これから開けて行くと思われた長久手という町に決まりました。
 神野の父は早速建築の準備に取り掛かり、しばらくして工事も始まりました。と言っても、家が建つまでには最低でも半年は掛かります。それまでは、今私たちが暮らしているマンションで生活する事になりました。

 祖父母の引っ越しも済み、ついにこの日が来ました!

 母の結婚式です。

 場所は、当時、名古屋の中日ビルの東側にありました翠芳園という料亭でした。結婚式と言っても、ごくごく身内の親族だけを招待した、お披露目のお食事会です。
 和室の広間に向かい合って並んだそれぞれの親族。もちろん初めてお会いする方々ばかりです。初対面なのに、今日から親戚。人の縁(えにし)の不思議さを感じました。

 「不束者(ふつつかもの)ですが、どうぞよろしく、お願いをいたします」

 そう言って、深々と頭を下げ、面(おもて)を上げた母の顔・・・。

 母はとても綺麗でした。
 身にまとった手描き友禅の着物には、寿(ことほ)ぎの花が彩られ、凛とした母の顔は、本当に綺麗でした。

 ただ私には、その母の顔が、幸せいっぱいの表情には見えませんでした。どちらかと言うと、責任感と言うような、張り詰めたものを感じました。そして、後にこの責任感が、大変な事になるとは、この時はまだ知る由も無く・・・。

 無事に入籍も済ませ、マンションで新しい家族の生活が始まりました。
 神野の父は、新婚旅行を兼ねた家族旅行を提案してくれました。

 「ハワイに行こう!」

 「えっ~!ハワイ?」

 私にとって、生まれて初めての海外旅行です。

 父は私を本当の娘のように大事にしてくれました。
 休みの日はいつも一緒に出掛け、何をするのも家族一緒。
 これまでの私には天と地がひっくり返ったような衝撃でした。

 中でも、一番驚いたのは、一家の大黒柱が朝キチンと早起きして、朝食を済ませると元気に仕事に出掛け、夕方決まった時間に毎日帰って来るという事です。
 前の父親は、年がら年じゅう遊び回っていた人で、朝でも昼でも関係なく寝ているという人でしたので、伝書鳩のように帰って来る神野の父にびっくりしました。なんて真面目・・・。あり得ない~。
 神野の父が普通なのでしょうが、私も母も経験が無いから面食らってしまいました。
 どうやら私たちの常識は、世間の非常識だったようなのです。

 神野の父は一人生活が長かったので、掃除も洗濯も料理も全部自分で出来る人でした。ですから、手が空いている時には、頼まなくても家事を手伝ってくれる人でした。これまた、あり得ない~。

 神野の父は仕事帰りにマンゴーやパパイヤといった贅沢程ではない、でも珍しい美味しい物を買ってきてくれ、夕飯後、カットして食べさせてくれました。私にとっては、マンゴーもパパイヤも生まれて初めて口にするものでした。これまた、あり得ない~。

 比べてはいけないとは思いますが、とにかく私の中の父親という印象がまるで違うのです。
 よく、『親子だから、考え方が似ている』とか、『親子だから、言わなくても分かる』と言いますが、あれは遺伝子の力ではなく、無で生まれてきた子供には、親の影響(行動、言動、考え方)がすべての常識を作ってしまうだけの事だと思います。
 私はこれまで、一人の父親しか知りませんでした。ところが、二人目の父親と出会って、父と言う存在自体、いろいろなタイプがいるのだと言う事を知りました。

 こうして新しい家族の生活が始まって7か月、新居が完成しました。
 昭和62年7月の事です。

 引っ越しです!

 新居は純和風家屋で、数寄屋門をくぐって石畳を歩き、玄関を開けると正面は全面ガラスで、ガラス越しに中庭が見える設計です。中庭を中心に、右に和室が2間、向こうにリビング、ダイニング、左にキッチン、バス、トイレ、2階に寝室、客間があり、雀荘の上の一間のアパートで母と二人、肩を寄せ合って暮らしていた時代から比べると、もう~月とスッポン、御殿です。実際、私と母は長久手御殿と呼んでいました。

 次から次へと幸せ続きで、こんなに幸せでいいんだろうか・・・。と怖くなった程です。
 人間と言うのは可笑(おか)しなもので、大きく不幸のどん底を経験すると、その後、幸せが訪れても警戒してしまうのです。

 辛い時には「神様、どうか幸せになれますように」と願い、幸せになると、「人生とは、そんなに甘いものじゃない」と、また不幸が忍び寄って来る気持ちになるのです。

 母は言いました。
 「この幸せに胡坐(あぐら)をかくこと無く、一日一日を感謝して、一生懸命生きて行きましょう」と。

 そして、引っ越しも片付き、神ちゃんと母、私、愛犬ティシュの新生活が落ち着き始めた頃でした。
 母が私に、こっそり胸の内を打ち明けてきたのです。

 「あなたに、聞いて欲しい事があるの?」

 「えっ?なあに?」

 それが、ようやく手に入れた、この幸せを崩壊させる事になるとは、誰が想像できたでしょう...。


【写真】これが、その御殿です。

神野三枝 プロフィール
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コメント

銀の皇帝: 2010年11月 1日 14:08

神野さんの、「素直にお父さんと呼べない」という気持ちわかります。だって岡崎のお父さんが・・・ですもんね。ただ、こんな幸せをくれた「神ちゃん」にも感謝の気持ちがある、再婚を応援していた反面、気持ちのやり場に困っていたのではないでしょうか?
文末から、想像するに三枝さんやお母さんの手前家を建てたりささやかな幸せを提供するため無理をして、多額の負債があったとか・・・ちょっと心配です。

奇跡の復活: 2010年11月 1日 19:06

幸福の基準は、自分で決めるもの。そして不幸の基準も同じ。

他人にとっての幸福が、本人にとっての幸福とは限りません。逆も然別。

心を通わせるというのは、時間をかけて熟成させるものなのかもしれませんね。

掃除のオバチャン: 2010年11月 1日 19:55

お母さんの言葉の「この幸せにあぐらをかくことなく~」、ほんと、そのとおりですね。当たり前のように毎日生活し、時には旦那や子どもの愚痴を言い、それでも感謝の気持ちは忘れないでいたいです。

バンバン爺: 2010年11月 2日 15:24

あー良かったなあ、お母さんもやっと普通の幸せな暮らしが出来るようになってと、読みながらほのぼのとしてたらナニ!文末になって暗雲がモクモク
と出て来てビックリ、連載の文章作りが上手だなあ。

バードちゃん: 2010年11月 2日 16:12

気になる~~~続き早く見たい~! 1日に読んだから一ヶ月待たなきゃならない。よしっ! これからは月末に読む事にしよう(これって名案?)
それにしても、やっと幸せになった三枝ちゃん母娘、どんな試練が待ち受けているのでしょうか。でも、心配ご無用ですね、だって今現在幸せに暮らしてみえるのを知っていますから。

けいちゃん: 2010年11月 2日 21:01

手描き友禅をまとった、凛としたお母様の心の中に、どんな気持ちが隠されていたのでしょう…
これまでの人生になかった『幸せの種類』を満喫しつつも、人には見せない複雑な思いがあったのですね。

松ちゃん: 2010年11月 4日 19:17

ラジオやオピリーナ、楽しみにしてます。春の木曽三川の公開放送も見に行きました。一昨年でしたか、岐阜高島屋でのトークショーを拝見してファンになりました。頑張って下さい。応援してます。

しゅが~: 2010年11月 4日 19:25

出来る事なら、このあたりで「みんな幸せに暮らしました」と、終わって欲しいものです~~~~。
来月のお母さんの告白が怖い。読みたいような、読みたくないような。

匿名エルコンドル: 2010年11月18日 20:47

人は皆 幸せになる権利がある あるはず なんのために
生まれたのか 親子とは 神野さんの父は 幸せに なろうと
しているんでね 負債はできるかもしれないけど
その心は なにものにも変えれない 幸せになりたかつた
その思いが 切ないほどわかる気がします いま 景気が悪くて
でもみんな どうにかしようと ガンバつていますね

みゅう: 2010年11月19日 15:51

岡崎のお父さんとうちの父親の人生がそっくりです。(笑)
共感を持ちつついつも読ませてもらってます。
お母さんの再婚。幸せかと思いきや…何かがあるような…早く次が読みたいです。
三枝さんの文章は凄いです!!

ayumi: 2011年4月 2日 14:57

有難う

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