神野三枝 タレント
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第31回『母 再婚』

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 私は、名古屋に出て来て、ゼロからの再スタートをして、この2年の間に、精神的に随分成長しました。

 その一番の成長は、親を心配する立場になったという、心の成長です。
 親が子を心配するのと同じように、子である私が親の事を心配するようになったのです。 

 その最大の心配は、父親の精神的、経済的な自立。
心の弱い父が、挫(くじ)けず一人で生きて行ってくれるのだろうか・・・?という心配です。
 こうして文書にするととても立派に聞こえますが、そんな生易しいものではなく、もう昔の悪夢のような生活には二度と戻りたくない、という思いが本音で、どうか父には、もう母に依存せず、私にも心配を掛けずに生きて行って欲しい! それが最大の心配であり、最大の祈りでした。

 それが、前回書きましたように、父からの年賀状で、父は、私を一人の大人として、距離を置いて見てくれている事が読み取れ、父が、これまでの家族という形に、けじめをつけてくれた事がわかったのです。

 『お父さん、もう大丈夫ですね?
 自殺するなんて心配掛けないでくれますよね?
 父さんも、お母さんも、私も、"それぞれの人生"を生きて行っていいんですよね?』 


 とは言っても、大切な父親です。
 別々に生きると言っても、私は父の事を忘れるわけでも、縁を切るわけでもありません。 

 ただ、母の人生をこれ以上、侵蝕(しんしょく:他の領域をしだいにおかし、損なうこと)しないで欲しいとは思いました。

 『お母さんには、幸せになって欲しい・・・
 これまで散々苦労をしてきた分、これからの人生は幸せにさせてあげたい・・・』
 それが私の願いでした。

 そこで考えました。
 母が幸せになるためにはどうしたらいいのかを。

 まずは、私が母に苦労を掛けないように真面目に生きる事。
 それは、私がそういう人間になればいいだけの事ですから、私の問題としてクリア出来ます。
 でもそれだけでは母が女性として幸せかと言えば、それは母親としての幸せにすぎず、女の幸せには繋がらない・・・。
 これまで、女であるのに男以上に歯を食いしばって強く生きてきた母に、一人の女性として幸せを手に入れて欲しい・・・。
 そのためには、母が心から頼る事の出来る人生のパートナーに出会い、夫婦助け合って有意義な人生を送る事だと考えたのです。

 よく、再婚を考えているシングルマザーの方々から、「結婚をした方が経済的にも精神的にも安定する事は分かるのですが、子供が、父親で無い人と再婚する事を理解してくれるのか心配ですが、どういう物でしょうか?」と相談を受けます。

 これは私の体験談ですが、私も子供の時は、親が離婚するなんてショックだし、ましてや再婚なんてイヤらしいと思っていました。
 特に思春期で性に対して敏感になる時期には、親に性を感じる事は汚(けが)らわしく思えるものです。
 子供にとって親は、父親であり母親であって、男と女であってはいけないのです。
 ですから、再婚をされるなら、お子さんがまだ幼くて性に無縁の時期か、もしくはお子さんも恋愛を体験して、お子さん自身が自分を男であり女であると自覚されて、男心、女心を理解出来るようになった時が良いのではないですか?と答えます。

 あとは、再婚しても子供の前では父親、母親の顔で居続ける努力は必要かと思います。 

 特にお子さんが幼い場合は、再婚によって自分の一番大切な人を取られたと傷つく事があると思います。
 再婚しても、「一番大切なのは変わらず、あなたよ。あなたが1番大切」と安心させてあげる努力が必要かと思います。

 よく、再婚相手や、同居人と連れ子との折り合いが合わず、虐待の末、小さな命が亡くなるという痛ましい事件がありますが、そのほとんどが、親が親である事を忘れ、男と女になってしまった故の事件であったりします。

 子供が再婚相手に懐(なつ)かない・・・
 だから再婚相手もその子を可愛いと思えない・・・
 子供は可愛いと思われてない事が分かるから、反抗する・・・
 再婚相手は、言う事を聞かない子供が憎たらしくて手を上げる。

 悲しいけれど、当たり前と言えば、当たり前の事です。
 子供には知恵が無いのです。心理カウンセラーの友人から聞いた話には、発達心理学の観点から見ると、人が相手の立場になって物事が考えられるようになるのは中学3年生になってからだそうです。
 つまり、小さな子供は、親の気持ちも理解できないし、再婚相手がなぜ自分に手を上げるのかの理由さえ分からないのです。
 それを、「わかれ!」と言っても、脳が発達していないから無理なのです。

 ならば、大人が子供の心の中に入って行くしかないのです。
 小さな子供には再婚の意味は分かりません。でも、自分のライバルが現れた事は感じるでしょう。
 そう思わせない事が円満の秘訣ではないでしょうか。
 つまり「私は、あなたのお母さん(お父さん)。あなたが1番大切」この立場が子供の目にブレて映らない努力が大事だと思います。

 幸いにも、私はもう成人式を迎える年になっていましたし、散々母が苦労してきた背中を見て育ってきましたので、母の再婚によって、私のライバルが現れる!といった焼きもちより、母に幸せになって貰いたいという気持ちの方が勝っていました。
 何より母が常に、「あなたがいてくれるおかげで、お母さんは前向きに生きて来られた」と言い続けて来てくれた事が、逆に母の応援をしなくちゃ、と私に思わせたのです。

 そして私は提案しました。

 「お母さん!お父さんも、もう自分で責任もって自分の人生を生きて行ってくれるみたいだから、お母さんも、新しいパートナーを見つけてはどう?
 再婚だって考えてみても良いんじゃない?」

 母は、あまりにも私からの発言が意外だったようで、「え~っ?」と驚いた後、「もう結婚はコリゴリ」と言ったのでした。

 「でもね、たまたまお父さんは、ああいう弱い人だったけど、世の中には、もっとお母さんを大事にしてくれる人だっていると思うの。
 お母さんは散々苦労してきたんだから、幸せになる権利があると思うよ。
 それでね、私考えてみたんだけれど、次の結婚相手は、お母さんより、う~んと年の上の、逞(たくま)しくて、優しくて、包容力のある人がいいと思うの!
 お母さんと似たような年の人だと、またお母さんが頑張っちゃって、男の人がお母さんに甘えてしまうといけないでしょ?
 だから、かなり年上の人で、経済力もあって・・・そうだな~イメージで言ったら、父親役や威厳のある大物役でよくドラマに出てくる、俳優の山村聰みたいな人!
 お母さんにはああいうドッシリとした人が良いと思うの(笑)」

 すると母は、
 「おじいちゃんとおばあちゃんと暮らし始めて、ようやく生活も落ち着いてきたところで、再婚なんて!
 第一、病気のおじいちゃんの面倒は誰が見るの?」現実的に無理だと言うのです。

 「お母さんには兄弟が他にもいるんだし、何もお母さん一人が苦労を背負い込む事なんて無いって!
 叔父さんだって叔母さんだって、お母さんの幸せは願ってくれているはずだよ。
 第一、お母さんまだ45歳でしょ。
 もう一花咲かせたっていいじゃない。
 私も成人したし、お母さんは、これから自分の幸せの為に、生きるべきだよ!」

 お母さん、あなたはもう自分の幸せの為に、生きるべきです・・・

 こうして、最初のうちは気の乗らない様子だった母も、私のしつこい説得に、しだいに「それもありかもね」と再婚を真剣に考えてくれるようになってくれました。

 それから私は、短大を卒業し、地元の信販会社に就職し、1年程経ち、いろんな方のお世話を頂いて、ついに母が再婚を決意出来る素敵な男性が現れたのでした。

 この人こそが、私の芸名ともなった、私の2番めの父親である『神野の父』です。

 神野の父は、まさに私が理想とするところの人で、年は母より16歳も年上。
 東海市で織物業を営み、経済的にもゆとりのある、申し分のない人でした。
 しかも何より心魅かれたのは、神野の父も大変な苦労をして来た人で、子供の頃に戦争で父親を失い、実の母が再婚してしまった為、おじいさんおばあさんに育てられた人でした。
 
 年端もいかぬ幼い頃から生きるために働き、苦労して苦労して、ようやく自力で織物会社を築き、コツコツ、コツコツ、休みなく働き続け、そしてガチャマンと言われた時代の風に乗って、会社を大きくしてきた、言わば苦労の末に成功を掴んだ人だったのです。
 そして、神野の父にも離婚歴があり、もう30代になられる娘さんと息子さんがいました。
 しかしながら、事情があってその子供さんとも喧嘩別れしたまま、何年も会う事も無く、寂しい人生を過ごしてきた人でもありました。

 神野の父は母に言ってくれました。
 「共に苦労をして来た者同士、これからの人生は穏やかに、楽しく生きましょう」

 そして、父は私を娘として迎えたいと、養子縁組の手続きを取る事を提案してくれたのでした。

 嬉しい・・・
 嬉しい・・・
 母が幸せになる日が来ました!


 昭和61年12月 母 再婚。



【写真】昭和61年3月 短大卒業
神野三枝 プロフィール
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コメント

銀の皇帝: 2010年10月 4日 14:36

今回は、神野さんの意見に賛成!子供さんが中途半端な時期に再婚してしまうと、再婚相手は親ではなく敵だと思います。神野さんの言うように、自立した時にお母さんが1人の女性として輝けるように応援することで不幸な家族が減ると思います。ただ、養子縁組や解消を繰り返すと良くないので最後まで添い遂げる自信がないなら、縁組はしないほうがと個人的に思いました^^;

バンバン爺: 2010年10月 4日 15:57

若い子連れの時の再婚は経済的な事と性的な問題もからむので、厄介ですよね。お母さんの場合若い男でなくて良かったし、心から祝福したいと思っていますが、三枝さんの話では未だ未だ波乱が有りそうだし、今後のストーリーを楽しみ?にしています。

けいちゃん: 2010年10月 4日 21:31

『成人』といってもまだまだ精神的に大人になれていない人が多い中、この頃の三枝ちゃんはお母さんの幸せを真剣に考えられるほど大人だったのですね。お母さんが自分の幸せに一歩踏み出せたのも、三枝ちゃんが自立していてくれたからでしょう。子どもが心配な時に自分のことは考えられないですもん。

まさやん: 2010年10月 6日 11:48

神野さんの話を知れば知るほど人生の経験はイイ事も悪い事も全て糧になるんだとポジティブシンキングになれます。
僕も40歳過ぎてわかるようになり神野さんのエッセイで更に確信に変わりましたよ。

奇跡の復活: 2010年10月 6日 14:00

成長の一つに、「相手の心を思いやる心を持てること」があると思います。幾多の苦難を乗り越えたからこそ手に入れた成長の証、そんなものを感じました。苦労したお母様から学んだ、大切な心、大切にしていきたいですよねー。

あけおめ太郎: 2010年10月11日 19:27

神野さんが当時のお母様と、同じ年齢になったからこそ、今、文章として書けるのだなぁと思いました。
当時のお母様の気持ちと、当時の自分自身を重ね合わせてみる。それが、今出来たのかなぁと。
ただ、母の背中を押して上げるのは自分の役目!と、気負う若き日の神野さんを想像し読んでいると、「凄い!」と感心ばかりも出来ない、なんというか、切ない気持ちも読者として残りました。
しかし、親離れして自立した娘から、再婚を勧められたお母様は、驚かれたでしょうね。
その姿を見て、ホッとし、自分の事を考える余裕も生まれたのでしょうね。

たっちょん: 2010年10月12日 11:18

親の再婚って子供にとっては複雑なもののはずです。
親に幸せになって欲しい気持ちと淋しい気持ちと入り混じるものなのに…
ただ、今までのお母様の苦労・そしてそれを一人にのりきられてきた事を見てきた三枝ちゃんだからこそ、その決断が出来たのでしょうね。
お母様はきっとどんな時も、そんな親思いの三枝ちゃんがいてくれたから、不幸なんで思った事ないんじゃないでしょうか?
素敵な親子関係ですね。

季節はずれのサンタクロース: 2010年10月13日 21:39

母が離婚したのは、私が二十歳を過ぎた頃でした。 これで母が苦しまなくていいんだと、母も私も嬉しい離婚でした。「おめでとう!!」と乾杯をした事を思い出します。 (再婚はしてませんが・・・) 
一軒家をプレゼント出来る日が、一日でも早く来るといいですね!!
しかし、私が頂いた一億円の通帳コピーは・・・偽物・・・ですか・・・!?

バードちゃん: 2010年10月14日 17:41

私の両親も離婚しました、私が19歳の時です。母はその後お付き合いする方ができましたが、再婚はしませんでした。そして60代半ばになってからその方と別れ「沢山良い再婚話があったけれど、子供の為を思い独りを通した」と事あるごとに言われました、子供と言っても私は成人間近の年齢だったし・・・。
何かにつけ「あなたのために」「あなたのせいで」と恩着せがましい発言で、ほとほと哀しくなりました。寂しい気持ちはわかりますが、人生は100%自己責任と肝に銘じてる私には理解しがたいものです。
年齢と寂しさがそうさせるとしたら大きな気持ちで受け止めてあげたいのですが、むしろ母を避けてしまう私です。

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