神野三枝 タレント
~お知らせ~ 「何度も何度も読みました。そして胸が苦しくなり、涙が止まりませんでした」「私にとって人生の教科書」・・・08年3月から3年にわたり連載、多くの反響を呼んだ神野三枝さんのコラム『礼状』に、新たに書き下ろしの文章を加えた自叙伝『母への礼状』が発売されました。 お問い合わせは風媒社(052-331-0008)まで。 http://www.fubaisha.com/

第27回 『ひと山越えて、またひと山』

20100607jinno.jpg 母が呉服の仕事一本に、商売に邁進し始めた矢先の事でした。

 「おじいさんが倒れた!」

 母の父親が倒れたとの、突然の連絡は病院からでした。
 祖父はもともと高血圧の人で、それが元で脳梗塞を起こしたのでした。
 祖父母には母を含め4人の子供がいました。
 母が長女で、次が次女のよっちゃん、その下に長男の叔父と二男の叔父です。
 よっちゃんは嫁いだ身。長男は跡取りで呉服問屋の家業を守るのに必死、二男も働いて家族を守るのに精一杯。二人のお嫁さんはまだ若く、おじいさんの下の世話などとてもさせられない。

 結局、母と祖母が毎日交代で看病するしか、手立てが無かったのです。
 母は、祖母がおじいさんに付いていてくれる間に行商に出掛け、仕事から戻ると祖母と交代で病院へ・・・。
 まったくもって、いつまでたっても母が心穏やかにゆっくり寝られる日が訪れる事は無く、いつもいつも全力疾走の日々が繰り返されるばかりでした。

 祖父は寝たきりで、トイレにすら行く事の出来ない身になり、その世話を娘にさせる事が、自分自身で情けなく思えたのでしょう・・・。
 大便をしても言わないのです。
 男親が娘に大便の処理をさせるという事は、居た堪れない悲しみがあるようです。
 だから、じっと我慢をしてしまうのです。
 するとそのうちに、臭いが漂ってくる・・・。
 慌てて気付いた母が世話をすると、祖父は惨めな感情から自分自身に腹を立て、大便を手で掴んでしまうのです。
 オムツの中も、手も、布団もぐちゃぐちゃです。
 母は泣きたい気持ちで片付けますが、心の底から泣いていたのは祖父の方だったと思います。。。

 人は必ず老いていきます。
 その弱って行く自分という現実に直面した時、その弱さを見せて、折れる事が出来ないのが、自分が守り続けてきた子供に対してなのでしょうか。
 親にとって、どんな事があっても守ってやらなければいけないのが子供という存在。
 それは、たとえ自分が弱っても・・・。それが親というものなのでしょう。
 しかし、現実として、その子供に世話になる日がやって来る・・・。
 切ない(せつない)と思います。

 「お父さん。何にも気兼ねしなくていいから(笑)。病気の時は仕方ないでしょ。
 今までお父さんには沢山苦労を掛けたから、その分、私に恩返しさせてよ~。ね!」

 こうして、祖父の入院は夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が過ぎ、春が来て、一年続きました。


 そして、右半身が不随になったものの、祖父は退院できることになったのです。

 さて、ここで問題が発生しました。
 祖父が退院して来るとなると、今まで病院でお世話になっていた多くの事を家でケアしなくてはいけないのです。
 幸い、リハビリでゆっくりながらも歩けるようになったとは言え、トイレに行くのも、食事をするのも、何をするにも介助が必要です。
 さらに、利き手の右手が麻痺してしまったので、左手で字を書く訓練に、歩行訓練、麻痺した体のマッサージ、定期的に病院に連れて行く・・・などなど、とても年をとった祖母一人では介護ができません。

 となると、誰かが祖父母と同居しなくてはならないという現実に直面したのです。

 母は私に相談してきました。
 「どうしたら良いと思う?」

 私は考えました。考えて、考えて、考えた末にこう答えました。

 「そうだな~。お母さん、どーだろう?ウチの岡崎の家の事で、おじいちゃんとおばあちゃんには散々心配をかけてしまったから、今度は私たちがおじいちゃんとおばあちゃんの生活を助けてあげては?
 何と言っても、今、ウチが一番身軽な状況だし。
 叔父さんや叔母さんにはそれぞれ家族も多いし、叔父さんには会社を守って貰わなきゃいけなくて、同居なんて精神的余裕はないでしょ?
 第一、おじいちゃんおばあちゃんにとっても、ウチが一番気兼ねが無いんじゃない?」


 「良かった~。あなたは、きっとそう言ってくれると思っていたわ」

 母は、私を試したのです。っと言うか、自分からは気が引けて言い出せなかったのでしょうね。母は最初から決めていたのです。

 ところが、それには大きな問題が!

 「でもお母さん!一緒に暮らすのは良いとしても、ここじゃ~無理でしょ・・・」

 そう、私たちは一間のアパート暮らしでした。。。

 「そ・こ・で、お母さん思い切って買う事に決めました!」

 「えっ?買うって何を?」

 「マンションよ」

 「うっ、うっ、嘘でしょ・・・?(××)
 おじいちゃん家があるじゃない~。あそこに私たちが引っ越せばいいじゃない~!」

 すると、母には母の信念があるらしく、出戻りの自分が、親の暮らす家に入る事は、イイ年をして情けない。同居するなら、自分が家を用意して、そこに親を呼ばなければ、世話をする身のこちらが親の世話になる格好になってしまう。それは、自分の生き方に合わない、と言うのです。

 ハァ~ン?????
 おじいちゃん家なら部屋はあるし、お金もかからないのに・・・。

 しかし母にはもう一つ考えがあって、祖父母の家は、ご近所が長年住んでいらっしゃるお宅ばかりで、娘が離婚して出戻ってきている事を知られては、親が可哀そうだと考えていたのです。それに、あの家は、次男が貰うもの。長男夫婦は結婚した時に、家を建てて貰ったから、あの家は次男が貰うのが筋だと言うのです。
 一番苦労しているのは、お母さん!あなたなのに、何を人が良い事言っているの~?

 すると母は、
 「あのね、自分の事しか考えずに、人の分まで貰おうとしたら、その先、必ずそのバチが当たる!自分たちの状況が変わったのは、自分たちの都合。人には関係ないでしょ。関係ない人に迷惑をかけては、絶対に良い芽は吹かないものよ」

 ハァ。。。

 「でもさ~お母さん。ウチにマンション買うお金なんて無いでしょ?どうするの!」

 「大丈夫、何のためにお母さんがこの1年、必死になって働いてきたと思ってるの。
 頭金ぐらい、なんとかなるから大丈夫!
 人間、負荷を背負ったぐらいの人生のが、責任感が湧いて頑張るしかないでしょ~。
 第一、岡崎での苦労と比べたら、マンションのローンなんて大喜びよ~。
 だって、幸せの為の買い物でしょ!屁でもないわ~」

 出た!また母の『屁でもないわ~』発言。

 母は、いつだってそうです。いつも『屁でもないわ~』で片づけてしまう人なのです。。。


 そうと決まれば、何でもすぐに行動しないと気が済まない母は、タタッと不動産会社に出向いて、

 「今すぐ入れる新築マンションで、4LDK、娘が金城短大に通っているので、学校とそう遠くない物件を紹介してください」

 そうして、1軒、完成したばかりの物件を見に連れて行って貰いました。そして母は・・・


 「他にはないですか?」

 「今すぐにはございませんが・・・」そう言われると・・・

 「あっそう。じゃあ~ここに御縁があったのね。ここ、買います」

 「えっ~!奥さん、もう少し、他もご覧にならなくて宜しいんですか~?」

 「あなた、何を言ってるの。
 お客が買うと決めたのに、営業マンが、止めてどうするの!」

 「でっ、でっ、でも、お客様~」

 「あなたと私がこうして逢ったのも何かの御縁。このマンションに縁があったのよ~」


 「でも、おっ、おっ、お客様~一生に一度の買い物ですよ。
 そんなに一瞬で決めてしまっていいのかと思いまして・・・」

 「あなた、分かってないわね~。
 一生、人生を過ごすつもりでいた家でも失う時は失うの。
 あれこれ見たら迷うだけでしょ。
 じっくり考えたって、家は無くなるときは無くなるのよ」

 母は、岡崎の家の事を言ったのだと思います。サッパリした人です。

 こうして、私が短大2年の春、私たちは一間のアパートを引き払って、ガッツな母が一瞬にして購入を決めてきた名古屋市千種区新西2丁目の山旺マンション402号室に引っ越す事になったのです。

 「お母さん~402号室なんて、四と二で死人みたいで、縁起悪くない~?」

 そう言う私に母は言いました。

 「そう考えればそうかもしれないけど、これより悪くならないと思えば、あとは上がるばっかの、上り調子の番号でしょ。
 そう思えば最高の番号よ。人間、物は考えようよ」

 ハァ。。。

 何だか「ハァ。。。」という言葉ばかりが口から出ていた昭和60年5月の事でした。


 さぁ、また引越し~。
 しかし、今回のアパートの部屋との別れは、岡崎の家の時のような緊張感はありませんでした。
 むしろ、ドン底の時期を支えてくれた感謝と、人生の再出発の住まいであり、一生忘れない大事な場所として、今尚、私には深い思い出の部屋です。

 そして、祖父母との同居生活が始まります・・・。

 【写真】祖父です。
神野三枝 プロフィール
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コメント

奇跡の復活: 2010年6月 7日 11:13

「意地とプライド」、時として、前進する邪魔となったり、後退させる紙一重のものですが、見事に前向きに貫くパワーに変えていったお母様は、立派です。誰にでも、どん底の時はあるもので、底を決めてしまえば、あとは上昇あるのみ。いつもながら、考え方として共感を覚えます。

赤い皇帝: 2010年6月 7日 14:09

今回も読ませていただきました。おじい様の介助のことは、私自身障害を持っていて両親の介助を受けています。”男のプライド”はとても理解できます。なので娘にどんな慰めをうけても心は晴れなかったと思います。お母さんがマンションを買われた話については、世間のことを気にしすぎて強がっているんでは?と穿った見方をしてしまい、甘えればいいのにと思いました。

たっちょん: 2010年6月 7日 16:56

私の父も昨年9月に脳梗塞で倒れ、4月にようやく退院して、現在自宅で
療養中です。父は頭はしっかりしているのに、体が思うように動かずイライラしています。入院中も娘の私には下の世話は絶対にさせてくれませんでした。現在母に任せきりの自分が恥ずかしくなります。
仕事が忙しいとか理由をつけているような気がします。
お母様はいつも本当に気持の良い方ですね!
私も今週は実家に父の顔を見に帰ろうと思います。
私にとって「礼状」は人生の教科書みたいなものです。
いつも有難うございます。

バンバン爺: 2010年6月 7日 17:25

老々介護の問題は現在益々増加している社会問題ですね。実の親子だったら嫁さんが義理の親に対するより、ずっと親身に世話が出来ると思います。でもお母さんの場合、働きながらなので大変ですよね。マンション購入で一発で決めてしまう潔さは商売人ならではでしょうか。私なら他の不動産屋も何軒か当って比較します。とてもお母さんの度胸は有りません。
うちのカミさんも同じ様な性格で、将に「女は度胸」ですね。

バードちゃん: 2010年6月 7日 19:16

うーん!やっぱり男前!潔いですお母様。でも一年の間に生活費や学費、そしてマンションの頭金まで稼いでみえたとは!!! バイタリティありますね~、私もずっと働いていますが、足元にも及びません。その違いっていったい.....。離婚が今みたいに明るく話せる時代じゃなかったから、その点でも頑張らざるを得なかったと思います。

なおくんのママ: 2010年6月 7日 21:05

いつも感心いたします、三枝さんのおかあさんは、行動力というか、生活力
ありますね、そして、三枝さんもやさしい娘さんです、うちの主人も脳梗塞のため左半身と緑内障のため目が不自由で、リハビリにはげんでおりますので、できるかぎり、協力して生きていきたいとおもい、またまた、パワーをいただいました。

けいちゃん: 2010年6月 7日 21:38

今のように介護保険制度もなく、家族が看て当たり前の時代、介護する方もされる方も大変だったでしょうね。
それにしても『あれこれ見たら迷うだけ!』と『ご縁』で家を即買い…。
カッコよすぎ!

季節はずれのサンタクロース: 2010年6月 7日 22:42

「あなた、分かってないわね~。一生、人生を過ごすつもりでいた家でも失う時は失うの。あれこれ見たら迷うだけでしょ。 じっくり考えたって、家は無くなるときは無くなるのよ」  は、おかあ様でしか言えない深い言葉ですね。 それをサラっと言ってしまう、そんな人間臭いところが私は、大好きですぅ。  今回も、おかあ様の言葉から、沢山勉強させて頂きました。感謝感謝ですぅ


三好のてるくん: 2010年6月 9日 08:56

今回もまた勉強させて頂きました。そして出て来る言葉は、今回も「三枝ちゃんのお母さんは凄い」これしかないですね。

はじめましてのはじめちゃん: 2010年6月 9日 21:19

引っ越ししたのはええけどティシューちゃんはどうなったか心配でしょうがないわ。また教えてちょうだゃあね。

おぐらとーすと: 2010年6月11日 08:40

どんなときでも,前向きなお母様。
困難を乗り越えてきた人だからこそ,思い切りよく行動できるのかも
しれませんね。
「失う時は失う・・・」なるほど~勉強になります。

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