神野三枝 タレント
~お知らせ~ 「何度も何度も読みました。そして胸が苦しくなり、涙が止まりませんでした」「私にとって人生の教科書」・・・08年3月から3年にわたり連載、多くの反響を呼んだ神野三枝さんのコラム『礼状』に、新たに書き下ろしの文章を加えた自叙伝『母への礼状』が発売されました。 お問い合わせは風媒社(052-331-0008)まで。 http://www.fubaisha.com/

第26回 『大喧嘩』

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こうして、母は、5カ月で、"さわさん"を封印したのでした。

今回は、この5カ月の間に、一度だけ私が母に歯向かい、生涯忘れる事のできない大喧嘩をした時の話をしましょう...。
 あれは母の水商売も板に付いてきた時の事でした。
 夜中までお酒の相手をして帰って来る母は、毎晩、当然酔って帰宅しました。
 私の中には、トラウマとでも言いましょうか...。
 母が酔って帰って来る姿は、子供の頃から見続けてきた、父が毎晩泥酔して帰って来た、あの嫌な姿が重なり、何とも言えない恐怖心が蘇(よみがえ)って来るのです。
 子供の頃からの、怯えた(おびえた)記憶がオーバーラップして、胸が締め付けられるのです。フラッシュバックとは怖いものです。終わった事なのに、昔、父が母を殴り、祖母が自殺をして、一家がバラバラになるまでの、思い出したくない過去が、写真を切り取ったように、次々と私を襲ってくるのです。

 酔っ払いは、キ・ラ・イ...。
 お母さんが、変わっていく...。

 父は、お酒で自分を誤魔化し、お酒で身を滅ぼしたような人です。
 私にとって、母までもが、同じように人生の破滅に向かって行っているように見えたのです。怖い...。

 同じ頃、叔母のヨッちゃんに言われました。

 「お姉ちゃん、最近、何だかすっかり水商売の人になっちゃったわね。
 大丈夫かしら...。
 近所の人からも言われるの。
 お姉さん、以前と違うわね。って。
 近所の人たちには、お姉ちゃんがホステスをしている事は言ってないから、気まずいわ...。パパの立場もあるし、子供たちの学校のお友達のお母さん達の間でも、噂になっているみたいだし...」

 ヨッちゃんには、気苦労をかけてしまいました。
 ヨッちゃんのご主人は、有名な会社の重役さんでした。
 身内に、一家離散してホステスをしている人間がいるのは宜(よろ)しくない話です。

 さらに、子供たちのお友達のお母さん方は理由も知らず、面白おかしく妙な噂話だけが広がって行ってしまう恐れがあります。

 こんな心配があるのに、ヨッちゃんは、いつの時も母を庇(かば)い、いつもいつも母を応援してくれていました。ただ、ヨッちゃんは、心配だったのです。母が、このまま、別人のように変わって行ってしまうのではないかと...。自分の立場より、母の事を真剣に心配してくれていました。

 私が恐れていた事と、ヨッちゃんは同じ事を心配していたのです。

 おそらく、母はこの頃、お店でママからの理不尽な苛め(いじめ)と闘っていた時だったのでしょう。目はキツくなり、顔がどんどん怖くなってきたのです。

 岡崎にいた頃のお母さんとは、まったく別人に変わってしまった...。
 夜の世界に染まってしまった...。

 「みえちゃん、みえちゃんからお姉ちゃんに言ってくれないかしら。
 最近のお姉ちゃんは、変わってしまったと」

 それからしばらく母の様子を伺っていました。
 昼は、呉服の商売、夜はお店に出勤、寝る暇を惜しんで、私との暮らしの為に働き続ける母でしたが、それでも私には、何だか遠い存在に感じてしまうのです。
 このアパートで暮らし始めたほんの数カ月前は、やっと落ち着いた小さな幸せに、母と手を取り合って喜び合ったのに...。
 今は、取りあった手が離れて行くのを感じる。
 母の顔は、母から女へと変わり、夜の蝶へと変わってきました。
 その顔に、娘として安らぎを感じません。
 むしろ、不潔に見えるのです。

 しだいに酔って帰って来る母に堪え(こらえ)切れなくなった私は、とうとう母に、歯向かってしまいました。

 夜中、いつものようにお酒の匂いをさせて帰って来た母が、鏡台に向って、結っていた髪を解き(ほどき)、ブラシで梳かして(とかして)いた時でした。

 狭い一間のアパートには、私が敷いた、私の布団と、母の布団が並んでいます。
 私は自分の布団の上に座り、髪を梳く(とく)母の後ろ姿を見ながら言いました。

 「お母さん、お母さんは変わってしまったね。
 最近のお母さんは、私のお母さんじゃない!ただのホステスだよ!
 毎晩、毎晩、お酒に酔って、香水プンプンさせて!
 岡崎で暮らしていた時の、真面目で一生懸命なお母さんは何処へ行っちゃったの!
 そんなに人間が変わるくらいなら、水商売なんて辞めて!
 どうせ、男の人にヘラヘラして稼いだお金でしょう!」

 そしたらです!!

 母はいきなり、持っていたブラシを床に叩き付け、こちらを睨んだかと思ったら、鬼の形相で、怒鳴りました!

 「誰のおかげで生きていられると思っているんだ!
 一円も稼いで来る訳でもない分際で、何を!偉そうな事を言う!
 100年早いわ!
 文句があるなら、稼ぐようになってから言え!」

 それは、生まれて初めて聞く、ガラの悪い母の言葉でした。

 100年早いわ...100年早いわ...100年早いわ......

 この言葉が、私の頭の中で永遠に繰り返されました。

 「こんなに必死になって歯を食い縛って、血の滲むような思いをしているのに、あんたには何にも分からんのか!偉そうな事を言うな!ああああああ~」

 母は、涙を流しながらド喋りました。

 確かに私は、母のおかげで、今生きていられる。
 飲みたくて飲んでいるわけでもないお酒を飲み、男の人にヘラヘラしているであろう事も、私との生活の為。前同伴だと言って、男の人とデートを楽しんでいるように見えるのも、私との生活に必要なお金を稼ぐ為。分かってはいる。分かってはいるけど、こんなお母さんは、私のお母さんじゃない...。でも、母が言っている事は100パーセント正しい。反論できない、自分の無力さに、涙が溢れてきました。

 これまで、母とは人生の大きな試練を二人で乗り越えて来たように思っていましたが、それは、大きな自惚れ(うぬぼれ)であったと、気が付きました。母が乗り越え、私を守ってきてくれていたのです。

 母は泣きながら布団に潜りました。
 ヒクヒク泣く母のしゃくる声が、布団から漏れてきます。

 今思うと、母の、無念さは相当であったと思います。
 自分は、この子の為に頑張っているのに、その子が、自分の頑張りを否定した。
 こんな、哀れな事は無いでしょう。母が、逆上しても無理はありません。

 いつも、いつも、人生を前向きに生きる教訓を教えて来てくれた母でした。
 母の口からは、絶えず、明るく生きる言葉が力強く発せられてきました。
 それだけに、180度種類の違う、「100年早いわ!」は、堪えました。
 心臓を突き抜かれたように、言葉の弓が胸に刺さった思いです。
 要は、自分の力で生きてもいない人間が、偉そうな事を言うな!悔しかったら、自分の力で生きてみろ!という事です。

 電気を消し、布団に潜った私は、ただただ悔しくて悔しくて、声を殺して泣き続けました。
 悔しかったのは、母に叱られた事ではなく、母が言う通りの、無力な自分が、悔しかったからです。

 親は、子に、人生を明るく前向きに生きるよう導くだけでなく、時には、生意気な心をズタズタにへこまし、己の無力さと直面させる事も必要だと思います。
 少なくとも、私は、見た事も無い母の本音に、相当ビビりました。
 そして、この日から二度と、母の生き方に、生意気な口を叩く事はありませんでした。


 あの時、ああやって言ってもらって、本当に良かったと思います。
 親だけでなく、社会の中で生きていると、ともすると自分は何でも正しくて、何でも出来ているように勘違いしてしまいがちですが、「100年早いわ!」は、いつの時も、生意気になりがちな私の心のブレーキとなり、戒めになってくれています。だから、感謝しています。

 とは言っても、あの夜の出来事は母にも多少なりとも、何か感ずるものがあったのか、それからしばらくして、母は綺麗サッパリ、生きる方針を変え、"さわさん"を辞めたのでした。

 それからは、切り替えの早い母です。呉服の商売一筋に、昼間だけでなく、夜もかつてのお得意様を回り、行商に忙しい毎日を送り始めました。

 そして、その矢先でした。

 「おじいさんが倒れた!」

 母の父親が倒れたと、知らせが入ったのです...。
神野三枝 プロフィール
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コメント

奇跡の復活: 2010年5月 3日 11:12

今回の件で、神野さんは悲観することはないと思います。もちろん、心残りな事件になったでしょうが。

確かに、娘の為に、嫌々ながらもやってきた水商売。否定されたことに、母は苛立ったのでしょう。しかし、人間性をも奪うような形になっては、幸せなどありません。本当の子供で、本当の母だからこそ言えた、温かいメッセージだったはずです。むしろ、一人になった母には、救われた言葉だと思いますよ。親子の絆を確かめあえるのも、はっきりと、思いを伝えてこそですしね。

いてまえ: 2010年5月 3日 23:45

今回の内容、自分と自分の母親とシンクロさせて、見せて頂きました。お母様のあの激しい言い方をする様子を目の当たりにして、御自身も何かを感じ取られたのでしょうし、お母様の激しい言い方を目の当たりにされて、親子の絆と言うのを、改めて、教えられたのでしょうね。

橋田巣箱: 2010年5月 4日 14:57

ともすれば中々親子でも本音は言えないことを神野さんは言えてお母さんも本音を語られ絆がしっかり結ばれたのでは無いでしょうか?
親は子を思い 子は親を思う
私は読んでいて涙が出てきました。
神野さんのコラムを私はお気に入りに入れて毎月楽しみに読ませて戴いています。

バンバン: 2010年5月 4日 15:51

おそらく睡眠時間も足りなかっただろうお母さんのお体が一番心配でした。一見華やかそうな水商売の世界は、勝気なさわさんでも相当ストレスが貯まった事でしょう。ストレス、睡眠不足、酒、健康を害する要素ばかりです。娘の言葉がきっかけになったかどうかは分かりませんが、結果的には良かったのではないでしょうか。

赤い皇帝: 2010年5月 5日 15:25

神野さんは今、心残りと言う趣旨の文章と捉えて読ませていただきました。私(27歳)は神野さんの立場から見ると「思って当然の感情(悲観することはない)」だと思います。今の世の中気にいらなければ、親でも殺めてしまうということがあります。でも、”神野親子”は心と心でぶつかって対話し、お互いに成長したんではないかと感じました。今の家族に欠けているぶつかり合いではないでしょうか?

三好のてるくん: 2010年5月 5日 19:16

うちは日常茶飯事でしたね~ 1回で済ませる三枝ちゃんは偉い!

おぐらとーすと: 2010年5月 6日 08:37

どちらの気持ちもとてもよく分かります。
その時は,どちらも,すごく辛い日々だったのですね。
ぶつかりあったからこそ,分かり合えるのかも・・・

たっちょん: 2010年5月 7日 17:41

その時はお二人とも辛かったと思いますが、神野さんから自分の気持ちを
お母様にぶつけられたのは、結果的に良かったと思います。
言わずにため込んでしまったり、傷ついていた事を後でお母様が知ったら、
凄く悲しいと思います。
きちんと家族で向かい合っていて、羨ましいです。
お二人の今後が気になります。

けいちゃん: 2010年5月 7日 20:29

子どもにとって、母親はいつでも清く優しく美しい存在であってほしいものなのでしょう。
無様な姿で必死に生きている姿が、実は愛にあふれ、とても気高く美しかったということに、いつか気づけよ、うちの子どもたち!
私も使います!「100年早いわ!」

なおくんのママ: 2010年5月 8日 20:14

読ませて、いただきました、本音でぶつかりあえる、                いい関係の母娘さんですね、
それほど、お二人とも、懸命だったんですね、                    次回も必ずよませていただきます

日なたぼっこ: 2010年5月11日 15:36

「みやーち」楽しく!参考に!聴かせていただいています。
コラムを知ったのが最近で、全部に目を通せていないのですが、引き込まれています。タイトルどうり、お母さま(関わってくれた方)への、礼状が書かれているなと感じました。
背景は違いますが、私も高校から母子家庭で過ごし、神野さんと同い年。似たような葛藤もありました。でも私は自分事で精一杯に過ごしてきてしまったので(時には度々母に当たって・・)、神野さんの物事の受け取り方・立ち上がり方には、感銘受けます。絶やさない笑顔や発言・姿勢は、その現れなのだなぁと思います。
一病を持ち体調が悪い日もあるので、励ましを頂きながら少しずつ初めから読んでいきます。

季節はずれのサンタクロース: 2010年5月11日 22:28

 「100年早いは・・・」   私も・・・使います。
でも、その前に、三枝さんの様に、「感じる子」に育てなければなりません・・・。

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