神野三枝 タレント
~お知らせ~ 「何度も何度も読みました。そして胸が苦しくなり、涙が止まりませんでした」「私にとって人生の教科書」・・・08年3月から3年にわたり連載、多くの反響を呼んだ神野三枝さんのコラム『礼状』に、新たに書き下ろしの文章を加えた自叙伝『母への礼状』が発売されました。 お問い合わせは風媒社(052-331-0008)まで。 http://www.fubaisha.com/

第25回 『目覚め』

20100405jinno.jpg  「いらっしゃいませ~!」

 ここは、名古屋の夜の街。

 クラブ、スナック、キャバレー・・・。華やかなネオンが、夜の闇を賑やかに照らし出す、大人の社交場。私の母は、私との生活を守るために、毎晩この夜の街で、源氏名"さわ"となり、クラブでホステスをしていました・・・。

 「おっ!ママ、新しい女性が入ったんだね~。なかなか古風な女性じゃないか。あの女性をワシのテーブルに着けてくれたまえ」

 母43歳。新人ホステスにしては、あまりにも年をとっています。しかしながら、そこは呉服屋の女主人をして来た母ですから、誰よりも上等な着物を、誰より颯爽と着こなし、板に付いた着物姿は、お客様の目にはタダ者ではないなと映ったのでしょう。

 「へえ~さわさんと言うのかね。この世界は長いのかね?」

 「いえ、入らせていただいたばかりの、不慣れな新人でございます」

 「ほぉー、新人さん。見えないね~。ご挨拶代わりに、一曲歌ってくれないか?」

 母は子供の頃から歌手になるのが夢で、音楽学校に通い、演歌、歌謡曲、シャンソン、都都逸(どどいつ)、小唄、端唄、新内(しんない)まで、一通り身に付けています。
 お客様が、ご年配の方ならば、都都逸を、粋な方ならシャンソンをと、そのお客様のお話から、何がお好みかを察して歌わせていただくのです。

 「君、すごいね~。ママ、さわさん気に入ったよ。今度、仕事の大切なお客様を連れて来るから、その時は、必ずさわさんを着けてくれたまえよ。さわさん、ワシにとって大切なお客様だからな、よろしく頼んだよ」

 23年8ケ月、お客様商売をして来た母です。新人とは言え、お客様の気持ちを掴んで離さない接客技術は誰にも負けない自信と誇りを持っていました。

 ここに集まるお客様方は、名の知れ渡った有名な会社の社長さん、会長さん、事業で成功なさっている方が多く、お酒の席の会話と言っても、接待が多いので、お客様のお連れされたお客様を、いかに満足してお帰り頂くかが大事です。
 また、その連れて来られたお客様が、この店を気に入って下されば、そのお客様がまた別のお客様をお連れくださるのです。

 中には、初めてお越しくださったお客様が、母をママだと間違える事もしばしば。
 ママさんは母より2つ程、年上の女性でした。
 ママにしてみたら、何十年もこの道一本でやってきたのに、こんな素人のド新人と間違えられては、腹も立つでしょう・・・。

 時には、ママのお客様にサポートで付かせて頂くと、中には、次から、指名をさわさんでと、変えて下さるお客様もいらっしゃいました。
 母にしてみたら、有難い事ですが、ママのお客様です。
 ママが快く思うはずなどありません。

 こうして、ホステスさわさんは、たちまち人気者となったのです。

 「君が、噂のさわさんかね~。ほぉー、噂通りの美人だね~」

 「いや~、評判を聞いて、楽しみに来てみたけど、噂に聞きし素晴らしい女性だね~。どっちがママかわからないぐらいじゃないか~。ガハハハ~」

 こんな状況に、ママが冷静でいられる筈がありません。
 ところが、それを気に入らないからと言って、ママが母を即、首に出来ない理由もありました。

 それは、売上です。

 このお店には高級な洋酒が揃えられていました。
 1本5万、10万、20万、一晩で、この高級なお酒をどれだけ売るかが、お店の勝負です。さわさんは、なぜかド新人にも関わらず、次々と売り上げるのです。
 ママにとっては、こんないいホステスはありません。
 他のホステスさんから、どうしてそんなに高いお酒を注文してもらえるのか教えて欲しい、と聞かれた事がありました。

 『お客様に、高いお酒を売るのではなく、お客様が、高いお酒でも飲んでみたくなるような時間(会話)を提供するのです』

 本当のところ、母にとってみたら、20万円のウィスキーでも、たかが20万なのです。

 こっちとら、一晩で、1000万の嫁入り支度を決められるか、決められないかの勝負をして来た人間じゃ~20万なんて屁でもない!といった気持ちでしょう(笑)
 もちろん、それは商売人としての、心底の根性であり、お店では、あくまで新人。
 ママさんに可愛がってもらえるように、ママを立てて、常に心からママを持ちあげて...これが大事です。

 しかしです。だんだんと、ママからの風当たりが強くなってきたのです。

 お客様が、さわをご贔屓(ごひいき)下されば下さる程、ママのプライドが許せなくなったのです。

 「ママ、さわさんは、いいね~。良い女性に入ってもらったもんだ」。お客様がそう言われると、

 「あら、そうかしら?イイ年して、水商売に入ってきて、訳有りもいいとこよ!」

 「そうかね~。何の訳があるかは知らないけれど、これまで、真面目に生きてきた匂いが伝わってくるよ」

 「まぁ、殿方はそうやって、まんまと騙されるのですから、お気の毒でなりませんわ!この子には、もう大きな娘がいるんです。旦那もいて、離婚もしていないのに、別れて暮らして、過去に何をやってきた事やら~。私だから雇ってやってるけど、他のクラブじゃあ、こんな訳有り者、恐ろしくて、どこも雇ってなんかくれないわよ。ア~ハハハハハ~」

 お客様の方が、気を遣われ、こっそり「さわさん、気にするなよ。ヤキモチだ。許してやってくれ」と言われたそうです。

 人間は、自分を大きく見せたいために、人を嘲笑い(あざわらい)がちですが、本当に大きな人間は、下の者を引き上げる事こそすれ、蹴落とすようなマネはしません。かえって、自分の小ささを露呈して、損なのに・・・。当事者には、それが分からないものです。

 困ったものです・・・。お客様に可愛がられればお店の売り上げも上がるのに、可愛がられれば、可愛がられる程、ママのご機嫌が悪くなる・・・。

 「いらっしゃいませ~」

 「さわさん、頼むよ」

 すると、ママが出てきて、「あら~、あんな年増のババーより、もっと若くて可愛い娘の方がよろしくってよ」

 困ったものです・・・。

 時にはこんなこともよくありました。

 「さわさん、ママがお呼びです」

 チーフに言われて、ママのお席に着くと、「さわさん、こちらのお客様が、あなたの見苦しい過去をお知りになりたいそうよ。お話して差し上げなさい。あなたの渡り歩いてきた人に言えない過去を!ア~ハハハハハ~!」

 ママの苛め(いじめ)はますますエスカレートしていきました。
 ある日のことです。リーンリーン~。店の電話が鳴りました。
 「はい。かしこまりました」。チーフはそう言うと、母の所へ来て、言いました。
 「これから、ママが出勤されるので、さわさんに、ドアの外に立ち、迎えさせるように!という事です」「はい。分かりました」

 店の外に立っていると、しばらくして、ベンツが目の前で止まりました。ドアが開き、ママが颯爽と降りて来られ、着ていたコートを母に脱がせ、ドアを開けさせ、「ご苦労さま。ドア係のオバサン!ア~ハハハハ~!」と勝ち誇ったように店内へと、入って行かれました。

 しかし、母はめげませんでした。なぜなら、働かせてもらわなくては、私を養えないからです。こんな程度の事、これまでの苦労に比べたら、何の此れ式!(なんのこれしき!)  このドロドロとした裏の世界とは裏腹に、母は指名の数をどんどん増やし、売上が店1番になりました。

 ちょうどこの頃です。母が、螺旋階段から転落事故を起こしたのは・・・。

 私は、母から何も聞いておらず、楽しく夜の仕事に励んでいるものだとばかり思っていました。職場での苛めのストレスと、それを誰にも言えず、とにかく稼がなくては親子心中になってしまう崖っぷちで、母の身も心もオーバーヒートを起こし、それで、目眩(めまい)を起こし、転落したのです。

 この全容を私が知ったのは、これを書くにあたって母にインタビューをしていて、初めて知った次第です。そんな事があったとは...。母は私に話して心配をかけたくない気持ちより、話す意味さえなかったというほうが当たっていたと思います。それぐらい、母には、受けた苛めが幼稚であったのでしょう。しかし、アホらしい、アホらしい、と相手にしないでいられたらいいのですが、職場の事ですから、そう言う訳にはいきません。

 母はよく言います。

 『人間は、馬鹿になって、利口になって、上手に世の中を渡って行くのが大切よ』

 時には、馬鹿にされても、馬鹿になった振りをして生きて行く利口さが大切だというのです。それで、相手が優越感に浸って満足してくれれば、お安い御用。真正面から戦っては、かえって火に油を注ぐだけの事になりかねない。何の解決にもならないのよ、と。なるほど・・・。

 グッと堪えて、我慢!我慢!
 ところが、この後、母は、いきなり、あっさり水商売を辞めてしまう事になったのです!

 ある日の事でした。
 その日は、お客様と前同伴で、お食事をして、一軒クラブに飲みに連れて行って頂いていたのです・・・。

 席に座ると、店の様子がよく見えます。奥の方の席に、指名の付いていない女の子たちが固まって座っています。

 その時です!ハッ!

 母は、見たのです!自分の姿を!

 自分も、指名が付いていない時、あの娘たちと同じように、店の隅で座って待っている。母は、控えのホステスさんに交じって座っている自分の姿が見えたのです。
 若い娘さんならともかく、43歳にもなって自分は何をやっているのだろ!
 自分の本当の勝負の場は、ここじゃないでしょ!
 ママの器が小さく見えるのも、これまで自分が人を雇ってきた立場だったから。
 自分は、人に雇われて生きて行くタイプの人間じゃない!
 一匹狼でいい!一匹狼でいいから、誰かの下で生きて行くんじゃなくて、自分で生き抜いてみせてこそ、私でしょう~。
 もう一度、呉服で人生、生きてみせる!
 でなきゃ、女が廃る(すたる)!

 本当に、一瞬の決断だったようです。

 その日、お店に出勤した母は、ママに言いました。

 「短い期間でしたが、お世話になりました。今日をもって、やめさせていただきます」

 「えっ!、あなた、どこか違う店に行くんじゃないでしょうね!」

 「いいえ」

 「まさか!商売敵になろうって事じゃないわよね!」

 「とんでもない・・・。私には、他にやらなくてはいけない事がありました」

 「えっ?」

 そういうと、母は店を後にしかけ扉の前で、「あっ!」と思い出したように、振り返り、ママに言いました。

 「そうそう。ママ~、ママはオーナーではなく、オンナでしたね。。。では、、、」

 さわさん、水商売歴、わずか5カ月の事でした。
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コメント

奇跡の復活: 2010年4月 5日 11:01

世の中いろいろな戦いがあります。仕事の上での戦い、男女の中の戦い。もちろん、仲間との戦いもありますね。勝たなければならないとばかり思いがちですが、勝たなくてもいい相手もいるんですよね。生きていく上でのヒントを感じました。

赤い皇帝: 2010年4月 5日 14:12

私は27歳なので、こういう世界(お仕事)のことは分かりませんが、女(ママさん)の妬みは見苦しいなと思ってしまいました。経営者ならこんないい選手はいないのに。でも、この妬みがお母さんを”本当の道”に戻すために与えられた出来事なんだと思いました。『人間は、馬鹿になって、利口になって、上手に世の中を渡って行くのが大切よ』生きるためのバイブルにします。

けいちゃん: 2010年4月 6日 09:41

いつもながら、三枝ママの潔さ、かっこよさに感動します!
くだらない嫌がらせは、勝つとか負けるとかの問題以前、自分の勝負の場はここじゃない!と気づけて結果的にはよかったのかな…

三好のてるくん: 2010年4月 6日 15:08

今回もまた、大切な事を再認識させて頂きました。
現状の我が身はぬるま湯過ぎる、努力が足りない、
この文章に出会えた事に感謝します。

コメントとしては、やっぱり凄い
それしか言葉が浮かびません。

おぐらとーすと: 2010年4月 6日 17:11

お母様の言葉・・・胸に突き刺さるように響きます。
すばらしく,格好いい!!
凡人には及ばない,数段高いところにお母様は常に
おられたんですね。
馬鹿になったふりをして利口に生きていく…わかっていても
なかなかできないことです…

季節外れのサンタクロース: 2010年4月 8日 00:28

私なら、その手のイジメには、真っ向から勝負してしまいます。「出る杭は打たれる」は、世の常ですが、これからは、もっと利口に馬鹿になり、スマートにクリアしていこうと、素直に心に染みてきました。  しかしながら、おかぁ様の根性には脱帽です。  今回もいいお言葉頂きました。 感謝感謝ですぅ。。。

minmin: 2010年4月 9日 01:06

ぐっと我慢、バカになって利口になれ、ほんとにため息が出る言葉です。ブレーキが利かない私にはこの言葉、思い出し、振り返り、この繰り返しになりそうです。ありがとうございます。

バードちゃん: 2010年4月11日 14:31

ママさんの嫉妬心凄まじいですね。これだから、女は視野が狭いってやり玉にあげられるんですね~!! こんな人とは立ち位置がちがいますね、戦わずして離れてゆくのは懸命です。拍手っ!!

たっちょん: 2010年4月12日 10:48

お母様のように強く、毅然とした人になりたいと思いました。
簡単にはできないでしょうが、辛い時、悔しい時、お母様のお言葉を思い出し、努力しようと思います。
今月も勇気を頂きました。
ありがとうございます。

まるきんママ: 2010年4月13日 13:26

すばらしい女性ですね.私自身、いくつになっても勉強です。
人間として、成長したいです。

勘違い平行棒: 2010年4月25日 03:10

ヤバイです。いよいよ、ますます楽しみになってきました。
新人でナンバーワンホステスになる話で、もう充分ワクワクさせてもらったんですが…。まだ続きがあるんですか?早く読みたいです。
それにしても強烈なイジメ役がいるとサクセスストーリーがめちゃくちゃ盛り上がりますね。
お母様がもしも男に生まれていたら…さぞかしスケールが大きくて心持ちのいい、どでかーい器の男だったでしょうね。

しゅが~1番: 2010年5月16日 15:07

 今月も、胸に残るフレーズが沢山ありました。ですが、5ヶ月で足を洗うなんて少々勿体無い気もします。道をきわめてほしい気もしました。
 来月、お母さんが、何にどう動くかが楽しみになっています。

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