神野三枝 タレント
~お知らせ~ 「何度も何度も読みました。そして胸が苦しくなり、涙が止まりませんでした」「私にとって人生の教科書」・・・08年3月から3年にわたり連載、多くの反響を呼んだ神野三枝さんのコラム『礼状』に、新たに書き下ろしの文章を加えた自叙伝『母への礼状』が発売されました。 お問い合わせは風媒社(052-331-0008)まで。 http://www.fubaisha.com/

第17回 『母の教え』

20090803jinno_01.jpg  私が父に会いに行った時の心境は、母を傷め付けた叔父と叔母への復讐の気持ちと、その二人を盾に、母を深く傷つけた父への怒りの気持ちが半分。
 そしてもう半分は、あの家族思いの優しい父が、ヤクザのように変貌したとは、とても信じられない...。そんな事をするはずがない...。何かの間違えであって欲しい...。という、祈るような気持ちが半分でした。

 居間に通されると、長ソファーの真ん中に、父が胡坐(あぐら)をかいて座っています。

 お世話になっているこちらの家であつらえてもらったと思われる、父の体には大きいトレーナーを着ていました。
 私にとっての父は、昔から身なりのキチンとした紳士でしたので、その似合っていないだらしない恰好が、余計に父を横着に見せました。
 大きめの服は、げっそりと痩せた父を誇張し、ここに至るまでの、父の自暴自棄の日々が窺え(うかがえ)ました。
 久しぶりに会った父は、整髪料を付けていないせいか、白髪だらけのバサバサの髪で、髪の毛一つ取っても、いつもキッチリ整えていた私の中の父の像とはまるで違います。

 父は、こちらを見るなり、まるで私に「来たな...」と言わんばかりの目で、ジロリと見上げ、ニヤッと含み笑いをしたのでした。

 父が家を出て行く前、私が最後に父の目を見た時、私を抱きしめた父のその目からは涙が流れていました。
 第11回で書いた、私が父に「お父さん・・・。もう、いいよ・・・。お父さんの好きにしていいよ。。。」と言った言葉の時です。
 あの時「ありがとう・・・」と言って涙を流した父の目。
 その目は、今、渡世の義理も捨てたように鋭く、据わっていました。

 人が善人になるのには、陰での積み重ねられた、人知れずの努力が必要ですが、悪人になるのは簡単なようです...。

 何故なら、自分を捨ててしまえばいいだけの事ですから、積み重ねる時間が必要ないのです。
 しかし、人は皆、たった一度きりの人生を有意義なものにしたい、という欲があるから、自分を捨てないのです。
 それが正しく生きるという事ではないでしょうか?
 つまり、この時、父の中には自分の人生に対しての欲が無かったということでしょう...。

 こんな考えは、当時高校生だった私には到底思いつくはずも無く、父の変わり果てた姿に、胸をナイフで突き刺されたような痛みでした。

 父の横には叔父が座っており、その前のテーブルを挟んだ向かい側の床に、私は正座をしました。脇に叔母が座り、叔母が口火を切りました。

 「自分の父親に対して、よくも自殺を勧めるような真似が出来たわね! それでも娘なの!」

 この言われように、父が割って入ってくれるかと思いきや、身動ぎ(みじろぎ)もしない...。母は同じ絶望感を、この場所でこんな風に受けたのね...。

 憎い、憎い、すべてが憎い...。

 話というのは、第三者が分かったふりをして、掻い摘んで解釈すると、それまでの長い長い経緯(いきさつ)も、必死の説得も、心の葛藤も、無視されるものです。
 矢面に立たされるのは、ただただ私の発言の事実のみとは...。
この時生まれて初めて、感情には空しい(むなしい)という種類があるのを知った気がします。

 私は父に訴えました。

 「家なんて無くなっても構わない。
 家族みんなで働きに出て、貧しくても支え合って生きて行こう、それが家族だと思う。って、何度も何度もお父さんにお願いしたよね。
 その気持は今でも変わらない!

 でも、駄目だ、駄目だ、死なせてくれの一点張りだったのはお父さんだよね!
 それが今になって、私たちが悪いみたいな...。

 私にはどうしても、お父さんが本心でそんな事を思っているなんて、とても信じられない...。
 お父さん、今のお父さんは、悪い物に取り憑かれているだけで、本当のお父さんは、そんな人じゃないはず。
 お父さん!よく思い出してみて!
 あんなに家族を愛してくれていたじゃない!
 あの頃の自分を思い出してよ!
 今のお父さんは、お父さんの本心じゃないよね。。。」

 父は、薄ら笑いを浮かべました。
 それは決して、優しいものでは無く、小馬鹿にしたような笑いでした...。

 大人は、子供なんて大した知恵も無く、何とでも言い成りに出来ると思いがちなところがありますが、子供は知恵が無く純粋な分、視覚から入ってきた記憶というものが強烈に残るものなのです。
 親の表情一つが、生涯、記憶から消せない傷となる事もあります。
 あの時の父の薄ら笑いは、43歳になった今でも、私の嫌な記憶となって残っています。

 私が父に食い下がれば食い下がるほど、父は離れて行くようでした。
 そして、叔父や叔母たちから見ると、その私の姿は生意気に映ったのでしょう。
 こんな生意気な娘にしたのは、義姉さんのせい。
 母が、ますます悪者になってゆくのが分かりました。

 今思うと、あの時、きっと父にも父の言い分があったと思います。
 でもそれは、大人の事情、夫婦にしか分からない事情で、娘の私には言えなかった事もあったかもしれません。
 おそらく父は、娘はすっかり母親の味方に付いて、男親など惨めなものだ、と寂しささえ感じていたかもしれません。
 その反動からか、余計に父は私に対して、無情な目つきで威圧してきました。

 叔父と叔母からは、叱りつけられ、母の悪口を浴びせさせられ、言葉の暴力がどれ程続いたことでしょう。その間、父は一度たりとも私を庇う(かばう)事も無く、冷酷でした。

 どれくらいの時間が経ったでしょうか。

 とうとう、私の一分(いちぶ)の望みも叶う事は無く、私の中に、父に対して決別の決意を抱かせたのです。

 「もう、いいです」

 父は変わってしまった...。
 もうこの世に、私の知っている父親なんていない!

 この日、どうやって叔母の家から帰って来たのか、全く記憶がありません。
 ただただ、大切なものを失った痛みで、とめどもなく涙が流れて来て、どうしようも無く悲しかったです。
 それは、父という存在を失ったということではなく、家族の絆という『愛』の部分を裏切られたという痛みです。
 きっと、母が前の日、同じように帰り道で流した涙も、同じだったのではないかと思います。

 家に帰り着くと、心配をしていた母が待っていました。

 「どーだった!」

 私は、今日の出来事を全て母に話した上で、言いました。

 「お母さん、お母さんの言う通り、お父さんはすっかり別人になってしまっていた。

 あの人は、お父さんじゃ無い...。

 もう、私のお父さんは...いない。

 終わりにしよう...」

 「そう...。辛い思いをさせて、申し訳なかったわね。

 でも、これが現実よ。

 あなたが生まれた時から、あなたには、辛い事は一つも無い人生を送らせてあげたかった。

 でも、辛い事に直面した時に、泣いてるだけの弱い人間には、なって欲しくはないの。

 これからあなたには長い人生が待っている。
 裏切られることも、躓く(つまずく)事もあるでしょう。

 でも、自分の力で立ち上がる勇気を持ちなさい。

 人生は、人が勇気で道を切り開いて生きていく事なのよ。

 泣いている暇があったら、一歩でも前に進むために何をしたら良いのかを考えなさい」

 『人生は、人が勇気で道を切り開いて生きていく事』

 絶望の淵に立たされた私にくれた、母の教えです。

 と、その時でした!

 リリリリン...リリリリン......
 リリリリン...リリリリン......

 電話が鳴りました。

【写真】子供の頃、富士山に連れて行ってもらった時の写真です。私は泣いています。それでも母は笑っています。「辛い事があっても、泣くのはおよしなさい!笑いなさい!さあ勇気を出して!」と、言われているような写真です。
神野三枝 プロフィール
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コメント

赤い皇帝: 2009年8月 3日 13:19

お母さんの「自分の目で見てきなさい」という言葉のもと会いに行った神野さん。それで出したこの結論。この時、一大決心をして今の神野さんがある。肉親との決別、その時は辛かったと思いますが、正しい道を自ら開拓されましたね。
感動の一言です^^。

てり: 2009年8月 3日 14:27

「心変わり」と言う言葉があります。
私に限らず、誰だって信用していた・信頼していた人から”手のひらを返されたように裏切られた”・・・と言う体験があると思います。

そうなった時の空しさ・辛さ・憎さ・恨み・・、原因があっても相手からハッキリと言ってくれない、また謝罪の言葉もない・・・と言うのは、言葉では言えないくらいな複雑な気持ちになるものです。
悲しい事とは言え、そう言った現実をどう乗り越えるのかを考えるのが、少なくとも「悲しみを乗り越える」きっかけとなると思います。

多治見の滝呂まさし: 2009年8月 3日 15:25

お父さんは弱い人間だと思います。小さい時から苦労なく育てられ、そのためか逆境に弱く、逆境になっても踏ん張れない。それに何事も人のせい。神野ママの実家が出した1000万円が悲しすぎる。
あと思うのは、最初から読んでいるのですが、神野さん姉がほとんど出て来ない。どうして?家族にとってあんまり重みのない人なのかな?忘れたい人?

syuga1: 2009年8月 3日 15:43

私も多治見の滝呂まさしさんの疑問を感じました。ただ記されていないだけなのでしょうか?お姉さんの存在。でも実際離れて暮らしていれば、あのお母様のこと。何も伝えてないのかもしれませんね。
 お父さんは子への愛情はありつつも、自分を守ってくれる居心地の良い場所を求めてしまったんですね。残念です。とても残念です。

季節外れのサンタクロース: 2009年8月 3日 23:24

小学校低学年までは、家族の為には惜しみなくお金を使い、家庭第一だった私の親父も、高学年の頃には手のひらを返したように外を向いたままでした。子供なりに、そんな状況を感じ、理解し、それを親に悟られないように必死だった事を思い出しました。冷酷だったのか、一人っ子だったからなのか、気持から親父を切り離し、子供なりにお袋の盾になろうとしていました。きっとお袋はそんな子供の心情は感じ、心痛めていたんでしょう。今月も胸に重く残ります。 三枝さん、『人生は、人が勇気で道を切り開いて生きていく事』。これを「三枝さんの教え」として私の引き出しにしまっておいていいですか? 

勘違い平行棒: 2009年8月 4日 01:22

実話だけに、強烈な話の展開に驚くばかり。
現在の神野さんの楽しい放送やお母様のお幸せそうな様子をラジオで聴いているからこそ、安心して読めますが、ちょっとひどすぎる…一体、何の電話だったのでしょうか、怖いです。
続きがすごく気になります。最近は、月初めが待ち遠しいです。

奇跡の復活: 2009年8月 4日 08:00

なんとも悲しい出来事でしたね。お父さんは、どんな想いだったんでしょう?決別をする為に、わざとそうしたと思いたいです。突き放す為に。

ただ、迎えたお母さんが、この出来事を糧にして、前向きに捉えるように教えてくれたのは、もの凄くプラスだったと思います。

辛い過去は消せないけど、活かすこともできる。学ばせて頂きました。

けいちゃん: 2009年8月 4日 10:22

第三者のわかったふりほど怖いものはありません。
真実を捻じ曲げて都合のいいように解釈された話は、どんな弁解も通じず、むなしく空回りするばかり…。
高校生の三枝ちゃんにとっては針のムシロだったと思います。
そのむなしさまでをばねにするようなお母さんの強い言葉、私もそういう気持ちを大切にしたいです。

あさかぜ: 2009年8月 4日 12:08

他人が首を突っ込んでくると話がこじれるのは良くあることですね。
自分のマイナス部分は話さないものですからね。

そして、いつしか自分が悲劇の主人公のように感じてしまったのでしょうかね。

バードちゃん: 2009年8月 4日 14:30

毎月更新されるのを心待ちにしています。フィクションではないから、心に響くものがあるからです。自分の子供時代、そして結婚してから、離婚して自営で仕事をしている現在、色んな局面に遭遇して辛く苦しい時を体験・・・。だから、みえちゃんとお母様の気持ちの1%でも理解できる。現在、実の両親とも兄とも没交渉、それには人には理解できない事情があります、平凡な幸せを営んでいる方々は「後悔するよ、今のうちに会っておかないと」と言ってくれます、でも・・・でも・・・なんです。

流星光: 2009年8月 4日 22:12

神野さん、天使からお父さんの天使に話しかけられましたね。
その時お父さんは叔母夫婦の悪魔にそそのかされて悪魔が前面に出ていたんだと思いますが、その言葉は天使に伝わっていたと思います。
電話はお父さんの中の天使からじゃないなかあ。

おじゃまします。: 2009年8月 5日 17:35

今この神野さんの話を叔父叔母夫婦は 最初から最後までシッカリと読んで真実を知って欲しいと心から願います。


三好のてるくん: 2009年8月 6日 20:27

人間って怖いですね
人間って弱いですね
そして強いですね
お母さんも、三枝ちゃんも凄い

ボルパピ: 2009年8月 9日 13:05

まだ10代だった神野さんにとって、この事実はどんなにつらかっただろう・・・

そう思うと、読みながら涙が溢れて止まりませんでした

リリリン・・リリリン・・・

この電話のベルが、どうか希望の音であってくれますように・・・゜・(PД`q。)・゜・

いてまえ: 2009年8月11日 13:08

神野さんのお父さんは悪魔としか言い様がありません・・・。(神野さんには失礼な言い方かもしれないんですが)ですが、お母様は本当に強い心を持った持ち主で時に神野さんへしっかりと対応される等の気配りも忘れないと言うお母様は本当に強い心を持った偉大なる方なんですね。リリリン・・・リリリン・・・この電話のベルが希望の光が差し込む音である事を願います。

流星光: 2009年8月15日 11:44

追加コメントです。
叔父叔母夫婦の立場からすると、援助してくれた(と思いこんでいる)兄をいじめる母子に対しての行動だったんしょう。悪魔だけでなく彼らの天使がそう思いこんでいたと思います。
真実を知れば悪魔は小さくなり天使は謝罪したいと思うでしょう。
ひょっとしてひょっとして電話の主は真実を知った叔母さんの天使からかも。

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